研究課題
本研究では、申請者が近年見出した多層ディラック電子系磁性体を対象に、ディラック電子特有の量子輸送現象を物質中の磁化で制御することを目指す。従来物質は反強磁性体であったため、本年度は自発磁化を有する(弱)強磁性体の開拓とその基礎物性の解明を行った。(1) BaMnX2系の電子・格子状態の解明BaMnX2では、反強磁性を示すMnスピンが面内にわずかに傾くことにより自発磁化が生じることが知られていたが、この起源は明らかではなかった。そこで本年度は、最も大きな自発磁化を有するBaMnSb2の結晶構造を詳細に調べた。その結果、正方晶から直方晶へわずかに歪んでいることを見出した。ARPESや第一原理計算の結果、この直方晶への歪みが、磁性だけでなくフェルミ面にも大きな影響を及ぼしていることがわかり、量子化ホールプラトーの値と整合することを明らかにした。この結果は論文発表し、複数の国際会議と国内会議で招待講演を行った。(2) EuMnBi2系の強磁性化EuMnBi2では、Euスピンが面内方向に強磁性、面間方向に反強磁性を示す。このため、元素置換により反強磁性相関を弱めることができれば、強磁性状態の実現も期待できる。そこで本年度は、Euサイトの一部を他の希土類源で部分置換した単結晶を合成した結果、Eu層の反強磁性が弱体化し、10^-2 mu_B/f.u. 程度の僅かな自発磁化が発生することを見出した。一方、異常ホール・ネルンスト効果は、通常の強磁性体と同程度であることを明らかにした。またEuスピンが電気伝導に与える影響を調べるために、面内方向に磁場を印加して角度依存磁気抵抗効果の測定を行った。フェルミ面の異方性では説明できない角度依存性を見出し、Euスピンの寄与を明らかにした。この結果は論文発表し、学会発表を行った。
2: おおむね順調に進展している
1) BaMnX2系に関しては、BaMnSb2において従来の報告とは異なる新構造であることを発見し、自発磁化の起源について新たな知見を得られたことは予想以上の成果であった。現在、この知見に基づき物質を設計し、自発磁化やホール・ネルンスト効果の巨大化を目指した物質合成を行っている。また、様々な形状のサンプルでもホール・ネルンスト効果を精度良く測定できる手法の開発も進めている。(2) EuMnBi2系に関しては、微小な磁化にも関わらず、強磁性体に匹敵するネルンスト起電力が観測されたことは、重要な発見であった。これは、ディラック的なバンドに由来するベリー位相の寄与を示唆している。しかし、部分置換に成功している希土類元素は、3価で結晶中に取り込まれるため、電子ドープ効果によりフェルミエネルギーがディラック点よりも大きく上方へシフトする。このため、ベリー位相の寄与を特定することが困難である。現在、このようなフェルミエネルギーのシフトが生じないような物質、またはこのようなシフトを補償するような元素置換を試みている。自発磁化に加え、フェルミエネルギーの制御にも成功すれば、従来の強磁性体を凌ぐ異常ホール・ネルンスト効果の発現も期待できる。
(1) BaMnX2系に関しては、自発磁化の巨大化を目指し、系統的な元素置換に基づく物質開発を引き続き推進する。さらに、Baサイトの元素置換による直方晶歪みや、Xサイトの元素置換によるスピン軌道相互作用の調整を通じ、フェルミ面のトポロジーやスピン状態の系統的な制御を目指す。以上の系統的な単結晶合成により、異常ホール・ネルンスト効果の巨大化とそのメカニズムの解明を目指す。さらに面内の異方性を考慮した測定が必要となるため、回転磁場中でホール・ネルンスト測定が可能な測定系を立ち上げる。(2) EuMnBi2系に関しては、本年度の結果から、起電力を巨大化させるためには、フェルミエネルギーの調整が急務であることが明らかとなった。したがって、今後は磁性の変調に加え、キャリア濃度の制御も同時に行う。これに向け、絶縁層の元素を複数種類同時に置換することを試みる。自発磁化の大きさとキャリア濃度を系統的に変化させた単結晶群を作製し、異常ホール・ネルンスト効果の巨大化とベリー位相との関係を明らかにする。
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