これまで国内外で開発された染色体立体構造計算では、生化学的に測定されたHi-Cコンタクトデータを再現するよう、クロマチン間引力モデルを経験的に調整して、拡がった染色体鎖を折りたたむ計算をしていた。こうした計算はタンパク質鎖の折りたたみモデル計算に類似しており、染色体1つの構造を計算することができるが、多数の染色体鎖が集合したゲノムの立体構造を計算しようとすると、クロマチン間引力とクロマチン-核膜間引力の微調整が必要になり、計算の不安定さが問題となっていた。本研究で開発しているモデルがこの問題を解決し、高精度で安定な計算を可能にしたことは、本研究によるゲノム立体構造計算法がゲノムの構造形成機構の本質に迫るものであることを示している。 本年度の研究では、前年度に開発したゲノム立体構造計算法の整備・拡張を行い、とりわけ計算の中心技法である有効ポテンシャルの決定法について検討を行った。積分方程式の理論とクロマチン鎖シミュレーションを併用することにより、有効ポテンシャルがクロマチン密度に大きく依存することを発見した。 また、実験グループと協力してクロマチン運動の統計解析を行い、上記の計算モデルとの比較を行った。とくに、種々の細胞の転写阻害とコヒーシン阻害を組み合わせた場合の細胞の応答を解析した。 さらに、ニューヨーク州立大学のグループと協力して、2遺伝子からなるスィッチ回路におけるクロマチン構造と転写活性の関係を記述する数理モデルを構築し、クロマチン構造揺らぎの統計的性質と細胞機能の関係を解析した。
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