研究課題/領域番号 |
19H01864
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
中山 洋平 東北大学, 工学研究科, 助教 (20757728)
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研究分担者 |
中村 壮伸 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 材料・化学領域, 主任研究員 (10642324)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 分子モーター / 非平衡熱力学 / 非平衡統計力学 / 生物物理 |
研究実績の概要 |
生体分子モーターF1-ATPaseの回転速度が、ATPをエネルギー源として分解して回転しているときとATPを合成しながら回転しているときとでは、基質であるATP・ADPの濃度に対して異なる依存性を示すことを一分子実験で明らかにした。具体的には、ATPを分解しているときには、酵素反応速度論においてよく知られているミカエリスメンテンの式に従うのに対して、ATPを合成しているときには、それよりも穏やかな基質濃度依存性を示すことが明らかになった。ATPを分解しているときと合成しているときとで回転速度に非対称性が生じることは、Harada-Sasa等式を用いて行われた先行研究の結果に基づいて理論的に予言されており、今回この予言が実験的に検証されたことは、従来のHarada-Sasa等式を用いた熱の測定の妥当性を新たな側面から支持する結果である。数値計算によって、理論的に提案されていたモデルが、今回得られた実験結果を少なくとも定性的には再現することも分かった。 ATPを分解しているときと合成しているときの回転速度の非対称性については、阻害状態と呼ばれる触媒活性を持たない状態に由来する効果も一分子実験で調べ、その結果は今回論文として出版することができた。これらの結果を組み合わせることで、生体分子モーターの設計原理にさらに迫れることが期待できる。 また、非平衡状態において起こりうる新奇な現象を探索するという動機で行った、非平衡定常状態における相共存に関する理論的な研究についても、論文として出版することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
「研究実績の概要」でも一部述べたことであるが、先行研究の結果から理論的に予言されていた性質が、今回実験的に検証されたことは、先行研究で用いられていた従来のHarada-Sasa等式が妥当な結果を与えていることを示唆している。このことによって、反応座標の選び方に依存しない物理的に妥当な形に拡張したHarada-Sasa等式を用いれば先行研究の結論は変更を受けるのではないか、という当初の想定とは異なる、何らかの理由によって従来のHarada-Sasa等式も反応座標の選び方の影響を大きくは受けていない可能性がある、という認識に変わったことは大きな進展であると考えている。 また、酵素反応速度論との関係が明らかになってきたことで、F1-ATPaseの持つ個々の性質を生体分子モーターの設計原理と結びつける道筋がつきつつあるという点でもおおいに進捗していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
従来のHarada-Sasa等式も反応座標の選び方の影響を大きくは受けていない、という仮説に基づいて、そのようなことを起こすメカニズムを調べる。まず、反応座標の選び方に依存しない形に拡張したHarada-Sasa等式に現れる項の性質を理論的に検討して、この仮説が成り立つ可能性があるか検討する。特に、仮説が厳密には成り立たなくとも、F1-ATPase固有の性質によって近似的に成り立たせるようなメカニズムがないか詳しく調べる。 メカニズムが明らかになれば、次に反応座標の選び方の影響が顕著になる状況の数値計算も行うことで、そのメカニズムの有効範囲と、反応座標の選び方に依存しない関係式を使う必要がある条件についても調べる。 また、生体分子モーターの設計原理との関係については、F1-ATPase以外の他の生体分子モーターや、F1-ATPaseでも律速となる素反応が異なるような条件下で知られている振る舞いに基づいて考察することで、普遍的な原理が存在するのかを調べていく。
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