これまでに得られていた、生体分子モーターF1-ATPaseの酵素反応速度論的振る舞いが、ATPをエネルギー源として用いて分子モーターとして動作しているときと、外部から加えられたトルクによって駆動されてATP合成酵素として動作しているときとで定性的にも異なっている、という実験結果について、さらに詳しく調べた。そして、酵素反応速度論的振る舞いの違いの背後に、基質となる分子の結合が遅い反応経路をバイパスする機構があることを見出した。このバイパス機構は、F1-ATPaseがATP合成酵素として動作しているときには機能するが、分子モーターとして動作しているときには機能せず、その結果酵素反応速度論的振る舞いに差が生じることを明らかにした。また、別のメカニズムで同様な振る舞いの差を生じさせることが可能かを検討したところ、バイパス機構ほどの差は生じさせられないことが分かった。これらの結果については、論文としてまとめて現在査読中である。 本研究では、一分子実験において熱の測定に用いられるHarada-Sasa等式を、物理的に妥当な関係式に拡張することで、既存の研究の結論が変化する可能性を探っていた。しかし、上記のバイパス機構は、従来のHarada-Sasa等式に基づいて構築された数理モデルも示す性質であるため、私たちの実験結果は、従来のHarada-Sasa等式による熱の測定の妥当性を支持している。そのため、従来のHarada-Sasa等式が一般には物理的に妥当ではないにも関わらず、なぜうまく機能しているのか、という問いが存在することが明らかになった。 また、Harada-Sasa等式の物理的な妥当な関係式への拡張、というアイディアの元となった、自由エネルギー地形の物理的に妥当な定義に関しては、論文として出版した。
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