研究課題
原子核の形が中性子の増加とともに球形からレモン型へと変化する途中の原子核はどのような構造を示すのか。量子相転移の観点から、中性子数の増加による核子間相互作用の変化が平均場に与える影響の解明を目指す。特に中性子過剰核で中性子数20の魔法数の性質の消失が明らかとなったMg-32核周辺の「逆転の島」と呼ばれる質量領域の原子核は最もこの問題解決の対象にふさわしい。本課題は、不安定核をスピン偏極することで核構造の精密な情報を引き出す我々独自の手法と、独自のレーザー技術により原子構造を解明する手法、を用いた分野融合型の研究である。また、カナダのTRIUMFにて実施する国際共同研究である。2019年度はMg-31核とMg-33核のβ崩壊よりAl-31核とAl-33核の原子核構造を明らかにする実験を11月に実施した。まず、2019年3月にTRIUMFで検出器架台や一部の検出器、回路系、データ収集系などを設置をした。その際に気付いた問題点を解決するため、今年度前半に新しくGe検出器を購入し、γ線検出効率の増強を行った。また、偏極ビームを止めるストッパーを改良し、β線検出効率の増強も行った。9月に追加の検出器や回路などをTRIUMFに設置し、いつでも実験が行えるよう準備を完了した。11月にTRIUMFで直前準備を実施後、実験を行った。スピン偏極Mgビームを我々のビームラインに輸送するのは初めてだったため、ビーム調整にかなり時間を費やしたが、無事にMg-31核のβ崩壊実験を実施できた。だが、Mg-33核のスピン偏極ビームを調整する時間が足りず、無偏極のβ崩壊実験に切り替えたが、十分な統計量のデータを得ることができた。現在、実験データを解析中である。Al-31核の途中経過を速報として日本物理学会や国際会議で発表した。また、阪大の学部4年生がAl-33核の途中経過を卒業論文にまとめた。
2: おおむね順調に進展している
現在、TRIUMFの実験課題審査委員会で3つの我々のグループの実験課題が採択されている。一つ目が逆転の島の中心核であるMg-32核の原子核構造とNa-32原子構造を解明するための、Na-32原子の超微細構造実験とスピン偏極ビーム開発実験である。残りの二つは、陽子数の変化に対する量子相転移現象を観測するため、スピン偏極Mg-31核とスピン偏極Mg-33核のβ崩壊によるAl-31核とAl-33核の原子核構造の解明実験である。2019年度は、TRIUMF側の新加速器施設の稼働テストのために通常のビームタイムの数がかなり制限された。同時にこの3つの実験を行う予定であったが、残念ながら、後者の2つのスピン偏極Mg実験のみ、TRIUMFのビームタイム調整委員会で認められ、11月に実施した。スピン偏極Mg-31核のβ崩壊によるAl-31核の構造解明実験は、スピン偏極生成に手間取ったが、最終的に十分な統計量のデータを得ることができた。すでに解析は進んでおり、β崩壊後に放出されたAl-31の新しいγ線をすでに発見している。それに伴い、新しいAl-31核の励起状態も見つかり、現在、崩壊様式を構築中である。今回、スピン偏極Mg-33ビームを開発する時間がなくなり、無偏極のMg-33核のβ崩壊実験を行った。無偏極ではあるが、十分な統計量のデータを収集することができた。特に我々は低エネルギー中性子(数百keVから1 MeV程度)を測定可能な検出器を開発して今回使用した。その結果、まだラフな解析ではあるが、中性子スペクトルの低エネルギー領域に、過去のβ遅延中性子崩壊実験では報告されていない新しい中性子ピークを観測することに成功した。こちらも、Mg-33核のβ遅延中性子崩壊の中性子非束縛状態も含めた崩壊様式を構築中である。
2020年度は、まだ未実施のNa-32原子の超微細構造解明実験とスピン偏極ビーム開発、並びに、スピン偏極Mg-33ビーム開発とそのβ崩壊実験の実施を予定している。後者は、2019年度にTRIUMF側がスピン偏極ビームを準備できなかったので追加のビームタイムがすでに認められている。ただし、2020年度は新型コロナウイルスのために、TRIUMFは現在のところ6月中旬まで閉鎖され、加速器実験は実施されておらず、また、夏の実験課題審査委員会も6ヶ月後に延期された。現在、我々自身も日本からカナダに出張できない状況のため、現地での実験準備を実施できない。今年度末での実施を見据えて準備は進める予定である。2020年度5月末まではスタッフも共同研究者である大学院生も大学入構に制限がかかっている。この状況下ではまず、2019年度に実施した実験データの解析を急ピッチで進め、投稿論文に通常よりも速いペースでまとめることを考えている。6月に入構しての研究が可能になった段階で、2021年度に実施予定だった検出器などの改良を前倒しで進める。中性子検出器のγ線バックグラウンド除去の検出方法やデータ収集系の改良などを通して試みる。国内の加速器施設のビームを使えるようになったならば、ビームを用いた検出器のテスト実験を国内で実施することを考えている。今年度前半に発表予定だった、いくつかの国際会議はすべて延期となった。新型コロナウイルスによる社会の回復状況によって、今年度後半に、2021年度にTRIUMFでの実験準備も含めて集中的に研究を行った方がよいと判断した場合は、本科研費の一部(海外旅費や海外への実験装置などの輸送費)を来年度に繰り越すことを対処の1つの方法として検討中である。
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Prog. Theor. Exp. Phys.
巻: 2020 ページ: 023D01 - 1 - 19
https://doi.org/10.1093/ptep/ptz163