研究課題
中性子数の増加は核子間相互作用の変化を導き、平均場へ影響を与え、ついには原子核の形を球形からレモン型へと変化させて量子相転移を引き起こす。この転移点近傍核では、様々な構造が共存する量子力学特有な現象が生じることが明らかになりつつある。これを解明すべく、本研究では、中性子数の魔法数20消失現象でよく知られているMg-32核周辺の「逆転の島」と呼ばれる原子核に注目して研究を行っている。本課題の特徴は、不安定核をスピン偏極することで核構造の精密な情報を引き出す我々独自の手法と、独自のレーザー技術により原子構造を解明する手法、を組み合わせた分野融合型の研究であり、カナダのTRIUMFで実施する国際共同研究である。2019年度にMg-31スピン偏極核のβ崩壊からAl-31核の構造を、また、無偏極Mg-33核のβ崩壊からAl-33核の構造を解明する実験を行った。残念ながら、今回は低偏極度のスピン偏極Mg-31ビームしか得られなかったが、十分な統計量のおかげでデータ解析を進め、得られた原子核構造(変形共存)の知見を投稿論文にまとめているところである。また、Mgの高偏極度スピン偏極ビームを開発するためにビームラインの改良を行った。ビーム輸送中のスピン偏極保持のための環境磁場を打ち消す低磁場を発生するコイルの設置をTRIUMFのプロジェクトとして実施した。この低磁場と測定位置での高磁場をなめらかにつなぐ永久磁石の設計・製作は日本グループで行った。2022年度に若手研究協力者が現地へ赴き、ビームラインの改良の現状を現地の研究協力者と議論した。さらに、スピン偏極Mg-33核のβ崩壊実験のための検出器の準備や回路系の多チャンネル化への移行を進めた。検出器やこれら一連の検出器システムのテストを兼ねた実験を理化学研究所や大阪大学核物理研究センターで実施し、期待した性能が得られることが分かった。
3: やや遅れている
2019年度に実施した低偏極度ではあったが十分な統計量を得られたスピン偏極Mg-31核からAl-31核へのβ崩壊実験のデータ解析をさらに進めた。その結果、36本のAl-31核のγ遷移を発見し、8本の励起準位を新たに同定し、7本の励起準位のスピン・パリティを確定してβ崩壊様式を大幅に更新した。原子核理論の研究協力者と議論を行い、基底状態は球形であるが、励起状態でレモン型に変形した状態の出現を明らかにし、現在、投稿論文を執筆中である。次に、2021年度はMgの高偏極度のスピン偏極ビームを得るための開発を行った。2019年度の実験では、Mgの1価イオンをオプティカルポンピングで高偏極度のスピン偏極に成功した。しかし、輸送中のスピン偏極保持のためにさらに電子を1個はぎとってMgを2価のイオンとする際のヘリウムガスとの衝突で偏極緩和が起こり、低偏極度となった。そこで1価イオンでMgを輸送するためにTRIUMF側のプロジェクトとして、環境磁場によるスピン偏極緩和を防ぐ低磁場を発生するコイルを偏極ビームラインから測定位置まで設置した。測定位置の捕獲金属膜中のスピン偏極保持のための高磁場とこの低磁場をなめらかにつなぐことが可能な永久磁石を日本側で設計・製作し、TRIUMFに設置した。平行して、2022年度末の本実験に向けて、検出器系や回路系の多チャンネル化、データ収集系の準備を進めた。これらのテストを兼ねた実験を理化学研究所や大阪大学核物理研究センターで行った。しかし、TRIUMFでの本実験は、新型コロナウイルスの影響で実験待ちの課題数が増加し、外部ユーザーが実験することが難しくなった。同時に、TRIUMF側でカナダの法律上必要なビームライン使用許可申請の問題が生じ、数ヶ月にわたりビーム供給がストップした。そこで、2023年度に本実験を行えるよう、現在は準備を進めている。
2023年度にいよいよ高偏極度のMg-33スピン偏極ビーム開発実験を行い、その後、スピン偏極Mg-33核からAl-33核へのβ崩壊実験を行う予定である。そのためにまず、4月から7月にかけて、検出器(γ線検出器、β線検出器、中性子検出器)のメンテナンスや回路系・データ収集系の準備を行う。また、スピン偏極保持のための測定位置で高磁場を印加する永久磁石の寸法の変更に伴い、β線検出器の改良を行う。そこで、新型β線検出器とγ線検出器の配置を見直し、新たに検出器を設置する架台を製作する。さらに、新型の中性子検出器の台数を増やすため、検出器の配置と固定方法を考案し、新たに検出器サポートフレームを設計・製作する。8月頃に本実験に必要な実験装置一式をTRIUMFに輸送する。8月から9月頃にTRIUMFに数週間滞在し、現地で検出器のセットアップと回路系・データ収集系の調整を行う。その後、秋か冬に本実験を行うことを予定しており、直前の準備・実験実施・後片付けを含めて数週間TRIUMFに滞在して進める。得られた実験データを解析し、同時にGeant4を用いて中性子検出器や全検出器系のシミュレーションも行う。特にこれまで問題となってきた中性子検出器の検出効率についての解析手法を確立する。必要であれば、中性子線源から放出される中性子、もしくは、加速器のビームを用いた反応で得られる中性子を測定し、シミュレーション結果と比較することで、中性子検出器の性能を調べ、また、中性子データの解析手法の有効性を確認する。得られたMg-33核からAl-33核へのβ崩壊実験の結果を原子核理論の研究協力者と議論を進め、学会などで発表する予定である。2019年度のスピン偏極Mg-31核からAl-31核のβ崩壊実験の結果は、夏頃に投稿論文として発表する予定である。
すべて 2022 2021 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件) 備考 (1件)
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