研究課題
地震時には地下深部で膨大なエネルギーが放出される。その大部分は熱となり、断層帯内部での岩石と水の物理化学反応を促進する。本研究では、『この地震時の物理化学反応を生命活動に利用する化学合成微生物が、南海トラフ沈み込み帯の地下生命圏を形成している』という仮説を、地震断層運動を再現する摩擦実験によって検証する。特に、断層摩擦発熱によって南海プレート境界物質の酸化還元反応状態がどの程度変化するのかを、X線吸収微細構造分析(放射光XAFS分析)を用いて詳細に調べる。本研究の実験・分析結果と実際の地震観測データを組み合わせると、南海トラフで生命が利用可能な地震化学反応エネルギー量の時空間分布を描くことが可能となり、その知見は沈み込み帯での地震活動-物質循環-生命プロセスの総合的な理解に繋がると期待される。本研究は当初、2018~2019年の国際深海科学掘削計画(IODP)第358航海で、海底下5000mの紀伊半島沖南海トラフ地震発生帯から採取されるプレート境界断層物質を用いて研究する予定であった。しかし、地震発生帯まで掘削できなかったため、IODP第370航海で採取された室戸沖南海トラフのプレート境界断層物質を用いて研究をおこなうことにした。令和元年度は、この室戸沖プレート境界から採取された断層岩の鉱物同定と、この断層岩を用いて地震時の動的高速すべりを再現する低~高速摩擦剪断実験を行った。また、予察的に橄欖石を用いて同様の実験を行い、その回収試料をSPring-8でXAFS分析することができた。その結果、地震時の数秒程度の剪断運動によってオリビン中の鉄の酸化還元状態が変化すること、そしてその状態変化をXAFS分析によって定量的に評価する道筋をつくることができた。
2: おおむね順調に進展している
令和元年度は、IODP第370航海で海底下700mから採取された室戸沖南海トラフのプレート境界断層物質を用いて、地震時の動的高速すべりを再現する低~高速摩擦剪断実験を行った。実験は、垂直応力30MPa、間隙水圧25MPa(有効垂直応力5MPa)の条件下において、すべり速度1.0m/sで2.6~18mすべらせた。実験の結果、すべり開始直後に摩擦係数は約0.23まで上昇したのち、すべりとともに0.08~0.12まですべり軟化することがわかった。実験後、回収試料は薄片にして走査型電子顕微鏡で観察を行い、模擬断層試料全体で剪断変形を賄っていることを確認した。また、粉末X線回折分析によって、実験試料には多くの粘土鉱物(スメクタイト)を含むこと、そして実験の前後で試料中の鉱物種に明瞭な変化がないことを確認した。同様の実験条件で橄欖石を用いた高速剪断実験を行い、その回収試料をSPring-8で予察的にXAFS分析することができた。その結果、地震時の数秒程度の剪断運動によってオリビン中の鉄の酸化還元状態が変化することがわかった。また、その状態変化をXAFS分析によって定量的に評価する道筋をつくることができた。今後、この分析・解析手法を用いて実験回収試料の酸化還元状態を決定していく予定である。
令和2年度は、まず初年度に行った室戸沖プレート境界試料を用いた実験の回収試料の微細構造観察を行い、XAFS分析の分析範囲を決定する。その後、橄欖石の実験試料を用いて行ったXAFS分析の、分析・解析手法を室戸沖プレート境界試料に適応し、南海プレート境界試料の地震性剪断運動前後における酸化還元反応状態変化を調べる予定である。XAFS分析では、まず鉄の酸化還元反応に着目し、酸化還元状態に変化があるようであれば、どのような反応が起こりうるのかを考察したい。XAFS分析の解析結果次第では、低~高速摩擦剪断実験の実験条件を再度見直す必要が出てくることが予想される。その場合に備えて、実験試料の準備と試料の鉱物同定をあらかじめ行う。また令和3年度は、硫黄に着目したXAFS分析を行うことを計画しているので、それに向けて放射光の利用申請も行う。
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すべて 雑誌論文 (7件) (うち国際共著 7件、 査読あり 6件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (14件) (うち国際学会 3件、 招待講演 2件)
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