研究課題
炭酸カルシウムなどの生体硬組織の形成過程に関して、近年非晶質相を経由して鉱物形成が行われている可能性が注目されているが、その詳細は不明である。本研究は、生体内を模したゲル状物質内で炭酸カルシウムの合成実験を行い、①蛍光プローブを用いてゲル内における炭酸カルシウム形成環境のpHおよびイオン濃度を可視化するとともに、②計算機シミュレーションを用いて有機物とイオンの相互作用を定量化するこることにより、従来vital effectとして現象論的に捉えられてきた生体鉱物形成プロセスを物理化学的に理解することを目的とする。2019年度の研究においては、最適な蛍光試薬とフィルターを選定することにより、水溶液環境において溶解する炭酸カルシウム結晶周囲のpHおよびカルシウムイオン濃度の変化を同時に可視化する手法を確立した。さらに、ゲル状物質内における炭酸カルシウムの合成実験を行い、類似の蛍光試薬を用いて、結晶形成時のpHおよびカルシウムイオン濃度の変化を別々に可視化することにも成功している。その結果、ゲル中にさまざまな形態および異なる相の炭酸カルシウム結晶の形成が確認されたが、それらの結晶周囲において、pHやカルシウムイオン濃度の局所的な変化や違いは見られなかった。しかし、ゲル中の場所によって、pH/カルシウムイオン濃度比は大きく異なっており、そのことが形成される結晶相や形態の違いに影響を及ぼしている可能性が示唆された。今後、さらに定量性および空間分解能を高めた実験を行うとともに、計算機シミュレーションにより溶媒分子と構成原子の相互作用を推定して考慮することにより、生体鉱物の形成過程を考察する上で、重要な知見を得ることができると期待できる。
2: おおむね順調に進展している
本研究は、生体を模した環境下における非晶質炭酸カルシウムの形成過程および非晶質相から結晶相への相転移メカニズムを解明することを目的としている。その第一歩として、炭酸カルシウムが形成する局所的な環境を可視化することを目指した。2019年度の研究により、蛍光プローブを用いることにより、水溶液環境においてpHとカルシウムイオン濃度分布を同時に可視化する手法を確立し、炭酸カルシウム溶解時のpHおよびカルシウムイオン濃度分布の変化を実際に確認できた。この手法での観察を行ったのは本研究が初めてであり、本研究の主目的である生体鉱物の形成過程のみならず、固相の溶解過程を明らかにするための有効な手法であるとして特に材料分野からの注目を集め、すでにいくつかの共同研究に発展している。さらに、ゲル中における炭酸カルシウムの形成過程にも適用が成功しており、順調な進展であると評価できる。
2019年度の研究において、蛍光プローブを用いて、水溶液環境において溶解する結晶周辺のpHおよびカルシウムイオン濃度を同時に可視化する手法を確立した。生体内の環境を模したゲル中における炭酸カルシウムの形成過程においても、pHおよびカルシウムイオン濃度を別々に可視化し、それらの比の違いによって、形成する結晶の相および形態が異なることが示唆されたが、2020年度以降の研究においては、水溶液環境で確立した手法を応用し、ゲル環境においてもそれらを同時に可視化することにより、形成過程をより詳細にモデリングすることを試みる。ただし、これまでの方法では、実験セルの厚み分の蛍光を積算するため、結晶周辺の微細な情報を正確に捉えられていない可能性がある。それを克服するために、共焦点レーザー顕微鏡を用いた蛍光イメージングを行うことにより、ゲル中において形成する結晶および非晶質相周辺のpHを3次元的に可視化することを考える。このために、北海道大学オープンファシリティ設置のレーザー共焦点システムを利用することを計画しており、2019年度にすでに予備実験を行っている。さらに、計算機シミュレーションにより、非晶質相形成初期のイオンプロセスの検討を行う。今年度は、分子動力学シミュレーションおよび量子力学に基づく反応経路自動探索法を用いて、水および他の溶媒分子とカルシウムイオン/炭酸カルシウムナノ粒子との相互作用を推定することにより、固相形成初期に実現可能なプロセスの検討を行うことを計画している。
すべて 2020 2019 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (9件) (うち国際共著 5件、 査読あり 9件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 3件、 招待講演 1件) 図書 (1件) 備考 (1件)
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