本研究は、脱水反応であるRNAの形成が原始海洋中で起こりうるか解明すべく、触媒と考えられている鉱物表面の水、およびそれに対する溶存イオンの効果を原子スケール観察によって明らかにすることが目的である。昨年度は、粘土基板(マイカ)上および炭酸カルシウム基板(カルサイト)上へのヌクレオチド(RNAの材料となる糖分子)の吸着が純水中、塩化カルシウム溶液中に比べて塩化マグネシウム溶液中で顕著に増大する様子が観察された。そこで本年度は、マグネシウムイオンの存在下でのヌクレオチドの吸着量増大と基板鉱物表面の水和構造との関係を明らかにするため、周波数変調原子間力顕微鏡(F M―A FM)を用いて塩化マグネシウム溶液中でのマイカ、カルサイトの水和構造観察を行った。塩化カルシウム溶液中で同様に観察した結果と比較したところ、いずれの試料でもマグネシウムイオンの存在下で基板に最近接の水からの斥力が増大していることがわかった。カルサイトの測定では基板-溶液界面に局在するイオンの影響を検証すべく、これまで行っていた溶液濃度0.1Mよりも高濃度の3Mで実施したが、第一水和斥力の増大率には濃度依存性は見られなかった。これは、0.1Mでも固液界面でのマグネシウム濃度が飽和している可能性を示唆する。 これらの結果は、マグネシウムイオンが水分子と強く相互作用するために界面の、特に基板表面原子と直接結合する第一水和水に影響を及ぼしていることを示す。東京理科大学との共同研究によって実現した分子動力学計算との比較により、マグネシウムイオンは基板-水相互作用ではなく、界面の水分子間の相互作用に寄与している可能性が高いことがわかった。マグネシウムは酵素反応、結石の形成防止、整腸剤など、水溶液中で起こる種々の現象によく活用されている。本研究で明らかとなった物質表面の水和構造を変化させる効果は、これらの機構にも深く関わっていると考えられる。
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