研究課題/領域番号 |
19H02245
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
浅枝 隆 埼玉大学, 理工学研究科, 名誉教授 (40134332)
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研究分担者 |
今村 史子 日本工営株式会社中央研究所, 中央研究所, 専門部長 (50568459)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | シアノバクテリア / カビ臭対策 / 活性酸素 / 過酸化水素 / 環境ストレス指標 / アオコ対策 / 富栄養化 / 貯水池対策 |
研究実績の概要 |
本研究では、光阻害が藍藻の増殖抑制にすることを想定していたが、これまでの室内実験で、その仮説が正しいことが示されていた。ところが、こうした現象は、実験室内の現象と現地ではスケールが大きく異なることから、現地での確認が必須である。そのため、本年度には、前年度得られた結果から類推した計画に従って、実際の水域での観測を行った。 観測では、藍藻を含むサンプルを異なる水深に複数個設置、早朝から夜まで3時間おきに、光強度、水温等の環境条件を測定しながら、サンプルを採取、サンプル中に含まれる藍藻に起因するタンパク質量、ストレス強度の指標となる過酸化水素濃度、増殖量に関係するクロロフィル量、過酸化水素を無害化する抗酸化活性の強度を測定した。その結果、まず、1日程度の期間ではタンパク質量には変化がないことから、増殖、枯死による影響は確認されなかった。ところが、水面付近のサンプルにおいては、午前中は日射強度の増加と共に藍藻のタンパク質あたりの過酸化水素濃度は増加、午後には日射強度の低下と共に低下することが確認された。ただし、過酸化水素濃度のピークは日射の強度の変化と比較して1時間程度遅れることが示され、さらに、同じ日射強度でも、過酸化水素濃度は、午後のものは午前のそれと比較して高くなっていること。抗酸化活性の時間変化はさらに遅れることが示された。また、クロロフィル量は、これと逆の傾向を示した。これらの結果より、藍藻は、水面付近では日射強度と共にストレス強度が増加し、その結果、増殖が阻害されること、また、抗酸化活性の増加が遅れることから、その程度は、午後においてより大きくなることが明らかとなった。次に、室内実験の結果を加え、過剰な光強度と過酸化水素濃度との関係を得た。得られた結果を実際の管理へ適用するために、こうした結果を再現するための数学モデルを作成した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
水域での藍藻は、カビ臭や藍藻毒を生成することで、貯水池やため池の管理上、大きな問題となっている。ところが、実験室内の条件では野外の環境を反映できないことが明確なものの、藍藻の増殖量とそれをもたらす環境条件との関係の把握には、実験室内で、同一の環境下で、長期間かけて藍藻量の変化を求めるしかなく、管理に必要な条件の評価は不可能であった。そうした中、本研究では、ストレスを受けている環境下で、藍藻体内にストレス下で生成される過酸化水素の量を測定することで、増殖に適した環境を評価するシステムの開発を目的としている。 これまでの研究から、まず、実験室内で、藍藻体内のタンパク質量あたりの過酸化水素濃度を測定することで、ストレスの強度を評価することが可能であることを明らかにした。また、過酸化水素濃度は短時間で変化することから、この指標を用いることで、頻繁に変化する環境下でも評価が可能であることを求めた。それぞれのストレス要因の強度と過酸化水素濃度の増加量との関係を求めることで、ストレス要因相互の寄与を相対的に評価することも可能になること、さらに、増殖を抑制できる複数のストレスによって生成される、過酸化水素濃度の合計値を明らかにした。次に、野外の水域において観測を行い、一日の間での日射量の変化を利用することで、午前中には日射量の増加と共にストレスが増加、午後には日射量の減少と共にストレスも減少すること、また、ストレスは、午前と比較して午後により高くなること、夜間はストレスの低い状態が継続していること明らかにした。以上の結果より、本研究の目的を達成するための枠組みを作成することができた。 次に、これらの結果を基に、実際の管理に必要となる、一日のうちの日射強度の変化によって生ずる過酸化水素量の変化及び増殖を抑制する条件を予測するモデルを作成した。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、光阻害が藍藻の増殖抑制に寄与することの解明、応用を目的としていたが、その評価が過酸化水素濃度の測定によって的確に行えることが明確になった。こうしたことから、過酸化水素を利用して、藍藻の生理状態を評価する形で研究を進めてきている。これまで、実験室内での現象解析に限られていたものの、今回、野外観測を行うことができ、実験で得られていた現象を実証することができた。研究の枠組みが実証できたといえる。ただし、時期によって差があることも予想され、コロナ禍の状況を見ながら、藍藻の衰退期の観測も考える必要がある。 これまでの結果を総合することで、藍藻が枯死する、もしくは、藍藻の増殖が抑制される過酸化水素濃度は求まった。しかし、これまで、過剰な光、栄養塩不足によるストレス要因と過酸化水素濃度との関係は行ってはいるものの、さらに、水温によるストレスによる影響など、日常的に存在する他のストレス要因との関係も明らかにする必要がある。また、複合的なストレス要因による全体の過酸化水素濃度との関係も重要な課題である。野外の水域では、過酸化水素は有機物が紫外線によって分解されることでも生ずる。これが藍藻の増殖抑制に与える影響についても明らかにしておく必要がある。 今回の研究で明らかになったように、過酸化水素は、自然水域においては、生物的な要因、化学的な要因で自然に生成されるものである。現状では、過酸化水素の野外の散布は難しいものの、過酸化水素は短期間で分解すること、他のアオコ制御剤のような残留物が存在しないことを考えると、今後、利用が考えられる可能性は高い。これまで、光阻害を中心にした藍藻の制御を目的として研究を行ってきているが、過酸化水素の人工的な散布という視点も意識した研究に発展させることを考えている。
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