研究課題/領域番号 |
19H02327
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研究機関 | 神戸芸術工科大学 |
研究代表者 |
吉良 森子 神戸芸術工科大学, 芸術工学部, 客員教授 (10739840)
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研究分担者 |
小岩 正樹 早稲田大学, 理工学術院, 准教授 (20434285)
小浦 久子 神戸芸術工科大学, 芸術工学部, 教授 (30243174)
木谷 建太 早稲田大学, 理工学術院, 次席研究員(研究院講師) (50514220)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 都市観光 / 歴史的都市の持続的発展 / グローバル時代の観光と都市居住のバランス / 都市の近代化と観光の発展 |
研究実績の概要 |
2019年度はシェムリアップを対象に12月15日から17日に現地調査を行なった。1990年代以降アンコールワット遺跡の観光客のための宿泊のために観光インフラに特化して発展を遂げてきたシェムリアップの都市の発展と人々の暮らしを調査するためにフランス統治時代に作られた歴史的市街地、都市化する周辺の農村地域、シェムリアップ川沿いに点在する集落を訪ね、内戦後から今日までの生活や環境の変化、観光の影響について住民にインタビューを行った。 観光客の増加と多様化の結果、シェムリアップは郊外の農地に向けて都市化が継続している。変化の様相はアンコールワット、空港との位置関係、それまでの土地利用、民族的背景などによって異なる。シェムリアップ北部、アンコールに向かっては美術館周辺に早い時期から欧米の高級ホテルの進出もあり、大資本による比較的計画的な発展が進んでいる。空港からシェムリアップの間は中国資本の大規模なホテルが連なった。歴史的市街地の西側は若者・個人旅行者向けの小規模のホステル、ブティックホテル、レストランなどがスプロール的に住宅地・農地に作られている。歴史的市街地はさらに観光化が進み、内戦後から住んでいる住民は非常に少ない。 私たちはそれぞれのエリアにおいて住民にインタビューを行い、コミュニティのつながりの状況を分析するために聞き取りで挙げられた寺院を訪ねた。 聞き取りからは、農家から観光産業への職業の移行、近隣のホテル化による近隣関係の消滅と同時に、下水、道路といったインフラの整備、学校設立による教育の向上など、観光が都市空間、建築タイポロジー、社会構造、モビリティ、教育など社会全体を大きく変換していく状況を読み取ることができた。また、大きな社会転換期にあるなか、寺院は変わることなく住民の暮らしに密接につながり、日常的礼拝空間、教育の場として重要な社会生活の場となっていることが確認された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年に調査したシェムリアップは観光のみが推進力となって近代化が進む都市の状況を調査し、そこで暮らす人々の話を聞くことで観光という産業が都市空間、都市インフラ、教育、社会構造を短期に同時的、総合的に変換する様子を目の当たりにした。観光産業は第二次世界大戦後に先進国が経験した高度成長期のように歴史的市街地から離れた場所に、工場、オフィス、郊外住宅地など特化した機能として開発が起こるのではなく、まさに歴史的市街地を中心として歴史的市街地の機能、生活、社会を変換し、その物理的周辺に展開していく。近代化を終えたアムステルダムや京都のような都市において観光はその都市の多くの産業の一つでしかない。このような都市において、観光の統合的な影響は視覚化しにくいので、19年度のシェムリアップの調査はアムステルダム、京都、フエの調査に展開する上での重要なステップとなった。観光は特に世界遺産の歴史的都市における21世紀の新しい統合的な産業として改めて見直し、その影響を視覚化する必要がある。都市の持続的な発展のためにはこれらの歴史的都市に住む住民の生活との何らかのバランスが必要であるだけでなく、観光産業に依存しているシェムリアップのような都市においてはコロナウイルスの影響からも明らかなように産業の多様性の展開が必須である。
2020年度はまさに観光と住民の生活とのバランスが社会的問題となっているアムステルダムを対象に住民・観光産業・行政からの聞き取り、都市の土地利用の変化の調査などから世界遺産都市における観光と生活のバランスがどのように模索されているのか、調査する。
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今後の研究の推進方策 |
世界遺産都市の観光の基盤にはその土地に育まれた固有の「文明との出会い」がある。ピラミッドやアンコールワットのようにかつての文明の様子を伝える遺跡もあるが、その土地や国に住む人たちにとってはかけがえのない自分たちの文明の源として認識されている。アムステルダムや京都では世界遺産として認められた建築・都市文化が今日まで継続し、時代に対応して展開してきた。 住民にとっても観光客にとっても、世界遺産文明は過去ではなく、今日の都市文化とのつながりの中で捉えることができる状況をつくっていくということには深い意味がある。観光と都市生活・文化の共存をどのように持続させていくのか、は世界遺産都市にとっては重要な課題である。都市文明の源は多様性にあり、多様性が創造性を生む、という考えを基に、観光は、歴史的環境と歴史の消費・空間の消費を求めるが、都市は、歴史性を維持しつつ、時代の変化を求める。世界遺産指定地区における住民・都市機能の多様性に着目して、社会・経済活動の同時代性(変化)において歴史の持続可能性は何か、を考察する。 観光主体に近代化を進めるシェムリアップを通して、観光産業の歴史的都市への統合的な影響力が明らかになった。観光産業は都市空間、都市インフラ、社会構造という都市の多様な側面を変換していく。言い換えれば観光による都市の変化を客観的に評価するためには多様な側面の分析とその総合的な評価が必要であり、観光産業と住民の生活のバランスを形成するためには横断的な仕組みが必要となるということである。シェムリアップの調査を元に、アムステルダム・京都・フエにおいて観光が成長産業として都市生活・文化にどのような影響を与え、市民と自治体がその影響と変化に対してどのように対応しバランスを取ろうとしているのか、を調査・分析し、歴史の持続の可能性の方法と方向性を導き出す。
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