準安定オーステナイト系ステンレス鋼の水素脆化を克服できれば、水素システム構造部材の軽量化・レアメタルの省資源化を達成でき、持続可能な社会の実現に大きく貢献できる。これまで、この種のステンレス鋼では、変形中に動的に起こる相変態、すなわちオーステナイトからのマルテンサイトの生成が水素脆化機構の理解を妨げてきた。我々は材料の微視組織から微小試験片を選択的に採取し、組織構成要素のマイクロ力学特性評価と変形および疲労き裂進展の素過程の直接観察を可能にする手法を世界に先駆けて開発している。本研究では、このマイクロ力学試験技術を利用して、変形過程における微視組織変化が問題となるオーステナイト鋼の水素脆化機構の解明を行う。特に、水素助長疲労き裂進展を支配する双晶境界の役割と成分偏析による縞状組織の影響に注目する。2021年度は、オーステナイト安定度の異なる304型(準安定)と310S型(安定)オーステナイト鋼について、マイクロ疲労試験により、イントリンシック疲労き裂進展抵抗と組織発達の関係を調査した。304型オーステナイト鋼で結晶粒微細化により、高いき裂進展抵抗が得られることと、き裂先端前方での相変態と関連付けられることが示された。また、ナノ双晶を導入した304型鋼では、双晶方位にかかわらず、高き裂進展抵抗が得られることを明らかにした。さらに、水素チャージによって、疲労き裂進展速度の増加が認められるが、その程度は、双晶境界が単体で存在する場合よりも小さいことが明らかになった。一方、積層造形により作製したδフェライト/オーステナイト層状組織はラメラ間隔が大きく、期待した耐水素脆化特性の改善は見られなかった。今後、結晶塑性解析を用いてき裂先端でのナノ双晶とマルテンサイト変態の関係の解明に展開していく予定である。これらの成果について、欧文論文3報、国内学会2件の発表を行った。
|