研究実績の概要 |
難水溶性薬剤の生体内における溶解性を改善する手法として,水可溶性のキャリアマトリクスに非晶質化した薬剤を分散する技術がある.申請者は,本来は“水と油”の関係にある糖と疎水性薬剤を,両親媒性物質を一切用いることなく,分子レベルで均一に混合できる原理的に新規な固体分散技術を開発した.このsurfactant-free固体分散試料中の糖は水中で瞬時に溶解するため,疎水性薬剤の対水溶解性を既存の固体分散技術と同等以上に改善することができる.前年度までに本研究グループは両親媒性物質を使用せず, 糖アモルファスと難水溶性成分のみからなる固体分散体 (SAS-SD) を作製する技術を開発した.この固体分散体は難水溶性成分の水溶性を高度に改善するが, ガラス転移温度 (Tg) が低く保存安定性に乏しいことが分かっていた.また他の固体分散技術と同様に, 難水溶性成分の溶解時間にも改善の余地が大きかった.そこでいくつかのモデル薬剤と糖を用いてSAS-SDを作成し,そのSAS-SD試料を難水溶性成分の融点以上の温度で熱処理(アニーリング)すると難水溶性成分の対水溶解性, Tgともに改善することが分かった.この難水溶性物質の溶解挙動の変化機構について基礎的な知見を得るためDSC等により固体分散試料の熱特性, 相互作用状態を評価した.その結果,アニーリングすることで糖分子間の相互作用密度が緩和され, 糖分子がより安定な構造をとっているためであることが示唆された.当該年度は,上記知見を検証するため,同じ骨格構造は持つ複数の誘導体(ibuprofen等)をモデル薬剤としてSAS-SD試料を作成し,アニーリング条件と薬剤の対水溶解性,およびモデル薬剤の物理化学的特性の関係について検討した結果,SAS-SDおよびそのアニーリングによる薬剤の対水溶解性の改善度は薬剤の融点を用いて相関できることを見出した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では,SAS-SD技術による難水溶性薬剤の水溶性改善を目的として, SAS-SDによって引き起こされる試料の物理化学的特性や溶解性の変化 (向上) が,モデル薬剤の分子構造・物性によってどのように異なるか調査した.モデル薬剤としてibuprofenおよび同じ骨格構造を持つ4種類の薬剤 (ketoprofen, flurbiprofen, naproxen, carprofen) とα-maltoseを用いて調製したSAS-SDおよびそのアニーリング試料(120℃, 60 min)の対水溶解曲線を測定・比較した.その結果,全てのSAS-SD中の薬剤は,結晶試料と比べると溶解性が向上し,アニーリング試料はさらに高い溶解性を示すことが分かった.但し,溶解性改善の度合いは薬剤の種類によって様々であった.薬剤の種類 (構造) によるSAS-SD化の効果の違いは,薬剤分子の自己会合性によって引き起こされていると仮定し,結晶固体の融点と対水溶解性の関係を比較した.その結果,Ibuprofenとその類縁体の融点はそれぞれibuprofen < ketoprofen < flurbiprofen < naproxen < carprofenの順に高くなるが,この序列はSAS-SDからの対水溶解性と一致した.つまり,薬剤の融点が高くなるに従って溶解性の増加率が低下する傾向が示唆された.同様にアニーリング試料についても融点が高い薬剤はアニーリングの影響が小さいのに対して,それより低い融点の場合はアニーリングの影響が大きく溶解性がさらに向上することが分かった. これらの結果より難水溶性薬剤の分子間の相互作用が強くなるほど固体分散技術やアニーリングなどの処理を用いて溶解性の改善が難しいと言う普遍的な知見が得られた. これにより,本研究の目的を概ね達することができた.
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