研究課題
本研究では、分子線エピタキシー(MBE)法による二次元物質のエピタキシャル成長を軸に、物質をわずか一層にまで薄くした際に発現する物性や機能の開拓に取り組んでいる。本年度は様々な二次元物質のエピタキシャル成長と、輸送特性の評価による物性開拓に注力した。まずは大面積のイジング超伝導体を再現性良く作製することを目的として、NbSe2のMBE成長と超薄膜領域における超伝導特性の評価に取り組んだ。そして、製膜プロセスを最適化することで単層極限まで明瞭な超伝導転移を示す試料を再現性良く作製することに成功し、強磁場施設を利用した磁気抵抗測定からこれらの超薄膜がイジング超伝導状態を形成していることを確認した。次に、イジング超伝導体のラインナップの拡張を目的として、類縁物質であるTaSe2のMBE成長に取り組んだ。その結果、まずMBEではバルクには存在しない構造多型である3R構造のTaSe2が選択的に得られることがわかった。また、この3R構造TaSe2は熱力学的最安定相である2H構造TaSe2と比べて一桁高い超伝導転移温度を示す一方で、2H構造TaSe2で観測される電荷密度波相は消失することがわかった。さらに、比較的厚い試料においても二次元超伝導的な振る舞いを示し、かつ単層NbSe2とほぼ同程度の巨大な上部臨界磁場を有するイジング超伝導状態を形成することがわかった。一方で、MBEで作製可能な二次元磁性体の開発を目的として、V-Se化合物のMBE成長に取り組んだ。その結果、まずMBEではV5Se8という組成を持つ物質が選択的に成長し、これが遍歴強磁性を示すことを発見した。V5Se8はバルクでは遍歴反強磁性体であることが知られており、この遍歴強磁性は薄膜でのみ現れる創発物性である。また、膜厚依存性などを評価することにより、この強磁性が異方性の弱いハイゼンベルグ強磁性であることを明らかにした。
1: 当初の計画以上に進展している
本年度は二次元超伝導体(イジング超伝導体)および二次元磁性体の大面積試料をMBEで再現性良く作製できるようになることが大きな目標であった。それに対して、既に二次元超伝導体としてNbSe2およびTaSe2の超薄膜を、二次元磁性体としてV5Se8の超薄膜を再現性良く作製できるようになっており、当初の目標は達成したと考えている。その一方で、当初は想定していなかった成果として、まずは3R構造のTaSe2を再現性良く作製できるようになったことが挙げられる。この3R-TaSe2はNbSe2と同様に超薄膜化に伴ってイジング超伝導状態を形成することがわかっているが、同時に面直方向の空間反転対称性の破れを伴った極性ラシュバ超伝導体としての性質も示すことがわかっている。これは単層NbSe2にはない顕著な特徴であり、様々な新奇物性の発現が期待される。また、3R構造はバルクにはない準安定相であることから、MBEならではの研究という意味でも大きな意義がある。一方で、MBEで作製したV-Se化合物がV5Se8になることを明らかにしたことも、当初は想定していなかった成果である。V5Se8は1T-VSe2の層間にVイオンが規則的に配列したインターカレーション化合物であるが、このようなインターカレーション化合物をMBEで作製できることがわかったことは、今後の物質設計に新たな指針を与えるという意味で、大きな意義がある。以上のように、本年度は当初の目標を達成するだけでなく、当初は想定していなかった成果(かつ新たな展開への可能性を秘めた成果)を数多く挙げることができたため、当初の想定を大きく上回る進展が得られたと考えている。
これまでに作製プロセスを確立させた二次元物質を対象に、それらを積層させたファンデルワールスヘテロ構造の作製と機能開拓に取り組む。まずはイジング超伝導体である単層NbSe2や3R-TaSe2と二次元強磁性体のヘテロ構造を作製し、上部臨界磁場の温度依存性評価を通したスピン三重項成分の直接検出や、トンネルスペクトルの面内方位依存性評価を通したトポロジカル超伝導状態の検出、超伝導ジョセフソン接合における位相敏感測定を通した超伝導対称性の同定など、イジング超伝導体の特異な超伝導物性を明らかにする実験に着手する。また、強磁性電極を用いたスピン輸送の実験に取り組み、スピン偏極したクーパー対と超伝導状態における巨視的波動関数のコヒーレンスを利用した全く新しいスピントロニクスデバイスの実現を目指す。一方で、特徴的なゼーマン型スピン軌道相互作用を有するNbSe2やTaSe2と様々な二次元磁性体を組み合わせたヘテロ構造の磁性の開拓にも取り組む。これまでの研究から、NbSe2とV5Se8を積層させたヘテロ構造では非常に強い磁気近接効果が働き、V5Se8の磁気異方性や強磁性転移温度が大きく変化することがわかっている。まずはこのヘテロ構造の磁気特性の詳細を評価し、同界面で生じている磁気近接効果の起源の解明を目指す。以上に加えて、物質系の拡張にも引き続き取り組む。特に、組成に応じて多彩な磁気構造を持つことが期待されるCr系セレン化物やテルル化物のMBE成長に取り組み、新しい二次元磁性体の開発を進めると共に、ヘテロ構造の構築と特異な界面磁性の実現を目指す。また、層間に磁性イオンを有するインターカレーション化合物の作製にも取り組み、MBEならではの新物質合成や、新物性・新機能の開拓に取り組む。これらと並行して、製膜プロセスの抜本的な見直しを行い、極性ドメインが制御された単結晶薄膜の実現を目指す。
すべて 2020 2019
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (26件) (うち国際学会 14件、 招待講演 8件)
Nano Letters
巻: 20 ページ: 1725-1730
10.1021/acs.nanolett.9b04906
Physical Review Research
巻: 2 ページ: 012064(R)
10.1103/PhysRevResearch.2.012064
巻: 19 ページ: 8806-8810
10.1021/acs.nanolett.9b03614