研究課題/領域番号 |
19H02604
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研究機関 | 国立研究開発法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
小塚 裕介 国立研究開発法人物質・材料研究機構, 磁性・スピントロニクス材料研究拠点, 主任研究員 (70580372)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | スピンホール効果 / スピン軌道相互作用 / 酸化物エレクトロニクス |
研究実績の概要 |
本研究では遷移金属酸化物におけるスピンホール効果を系統的に調べることにより、酸化物イオン軌道の混成がスピンホール効果に与える影響を明らかにすることが目的である。その目的達成のため、本年度は物質のスピン軌道相互作用の強さを評価する手法としてスピンホール効果の2次高調成分の系統的測定とスピン分解バンド計算による定性的理解を行った。前年度までにSrIrO3薄膜がスピンホール効果の2次高調波を発生することを見出した。その起源は運動量空間におけるスピンテクスチャと理論的に予想されているが、SrIrO3は結晶の反転対称性があり、理論的にはスピンテクスチャは存在しない。そのため、表面・界面での結晶反転対称性の破れと基板からのエピタキシャルストレインの両面から検証を行った。比較実験として、3種類の異なる基板LSAT(001), GdScO3(110), NdGaO3(110)を用いたSrIrO3薄膜を作製し、スピンホール効果の2次高調波を測定したところ、GdScO3とNdGaO3上の薄膜では同程度の値を示し、LSAT上の薄膜はその約1/3程度であった。この結果はGdScO3とNdGaO3基板の格子定数の違いよりも、SrIrO3を薄膜化したことが本質的であることを示しており、表面・界面での反転対称性の破れに起因していることが示唆される。この推測を確かめるため、薄膜をモデル化したスラブ模型に対し第一原理計算を行った。その結果、バルクとしては結晶の反転対称性があるものの、表面(界面)での対称性の破れがスピンテクスチャを創り出しており、エピタキシャル歪はスピンテクスチャの大きさを多少変化させるものの、スピン構造は定性的に同じであることが明らかになった。この結果は反転対称性のある物質でも表面や界面で大きなスピンホール効果を発現さえることを示しており、材料の選択制を広げる知見である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、物質固有のスピン軌道相互作用の強さを評価するための手法として、非線形スピンホール効果の測定手法の確立を1つの目的としていた。この目的に対し、実験的には複数の基板を用いた比較、磁場・電流依存性、温度依存性等様々な比較を行い、非線形スピンホール効果は表面・界面における対称性の破れが本質的に重要であり、基板による薄膜への歪の影響は定性的なレベルでは影響を及ぼさないことが明らかとなった。また、第一原理計算を行うことによって、表面では運動量空間においてスピンテクスチャが形成されており、非線形スピンホール効果を発現する起源となっていることが示唆された。以上の結果により、実験・理論両面から非線形スピンホール効果を明らかにし、本年度の目的の1つを達成できた。 本研究では、様々な遷移金属酸化物薄膜を作製し反対称スピン軌道相互作用の強さを計測し、軌道混成の影響を系統的に議論することを目的としている。その目的達成のため、Ir酸化物だけでなく他の酸化物薄膜の作製を進めてきた。Irよりも原子番号の小さいWの酸化物や4d元素のPdの酸化物の作製に成功しており、次年度に向け非線形スピンホール効果の計測を進めているところである。
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今後の研究の推進方策 |
これまで、大きなスピンホール効果を示す物質を設計するためにIrやRuの酸化物を作製し、非線形スピンホール効果の計測を行ってきた。今後、反対称スピンホール効果の軌道混成の影響を議論するため、さらにいくつかの酸化物薄膜の作製を行っていく。現在WとPdの酸化物薄膜の作製に成功しており、比較のために非線形スピンホール効果の計測を行う予定である。また、Cu等3d元素の酸化物の作製と計測を予定している。以上の酸化物を用いることで、3dから5dまでの元素、さらに同じd軌道でも原子番号の大小によって酸素との軌道混成具合を変化させた系統的な実験結果が得られる。これらの実験に加え、第一原理計算による表面・界面のスピン分解電子構造を明らかにし、実験と理論の両面からスピンホール効果の大小を与える要因を明らかにしていく予定である。最終的に、単に重元素を用いるだけでなく、ある程度の軽元素を用いても反対称スピン軌道相互作用に基づく大きなスピンホール効果を発現する物質に関する考察を行い、新たな材料設計につなげていくことを狙う。
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