研究実績の概要 |
今年度はアルツハイマー病の原因ペプチドに対する非平衡開放系における流動作用を検証した。アルツハイマー病の病理は,アミロイド前駆体タンパク質から切断されたアミロイドβ(Aβ)が脳細胞表面にてアミロイド線維やアミロイド斑として沈着することが引き金となって神経細胞死を誘引するアミロイドカスケード仮説により説明がなされている。このとき,脳間質液(ISF)がAβを脳から排出し蓄積を抑制する作用を有することが知られている一方,Aβに対するISF流動の力学的作用や非平衡熱力学的作用がその細胞毒性を高めることも指摘されており,AβへのISF流動の作用を分子科学的に理解することの重要性が増している。そこで本研究では, ISF循環を系の非平衡性を考慮した分子科学的観点から捉え, 神経変性疾患などに対する流動作用に関してアルツハイマー病を例に検証した。その目的へ向け、ISFの媒体流動を想定した実験系を構築した。そこへ,リポソーム分散液を流入し,ベシクルフュージョン法によりモデル細胞膜をマイクロ流路内へ構築した。その後,マイクロシリンジポンプに設置されたマイクロシリンジを用いて所定濃度のAβ溶液をマイクロ流路内へ流入させた。流路内がAβ溶液にて満たされたのち,シリンジからのAβ溶液の供給を止め静置した場合を非流動(平衡・閉鎖)条件,引き続きシリンジから所定流速でAβ溶液を連続的に供給した場合を流動(非平衡・開放)条件とし、双方にてAβの線維化量や細胞膜に対する毒性などを各種顕微鏡で評価した。非流動・流動条件下での比較より,流動の力学的作用のみならず熱力学的作用をも含めた議論が可能となる。その結果、ある実験条件においては,非流動条件ではAβ線維が凝集した1 μm程度の凝集体のみが形成されるのに対し, 流動条件下では10 μmを超える巨視的な凝集体が形成するなどの差を確認することができた。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は、全反射倒立型レーザー顕微鏡を用いた単一分子観察とマイクロ流路を組み合わせた実験系を用いることで,Aβの核形成・オリゴマー形成・線維化・細胞毒性などの分子科学的機序に対する流動作用を可視化することを目指す。具体的には、具体的には、ヒト神経細胞膜を模倣した膜組成(PC:PE+PS:SM:Chol=16:37:13:34)に1分子計測用の色素標識脂質TR-DHPEを所定濃度添加したリポソームをマイクロ流路内でベシクルフュージョンし流路内に神経細胞模倣膜を構築する。その後、1分子計測用色素で標識したHiLyte Fluor Aβをマイクロ流路内へ連続的に一定流動速度で流入させ続ける。この流動環境下にて細胞膜上でのAβペプチド線維化を誘導し、その挙動をTR-DHPEとHiLyte Fluor Aβに対する二つのレーザーを用い独立的に1分子観察する。所定時間(24~72時間程度)の連続流入の後、Aβペプチドの線維化度をHiLyte Fluor色素の輝点強度として取得するとともに、脂質分子の構造をTR-DHPEの拡散係数から評価する。これを、画像内の空間座標で相関付け、各座標における拡散係数と線維化度(輝度)の相関図(散布図)を作成する。以上の観察・解析により、拡散係数の低下に特徴づけられると予想される、膜破壊と線維化度の因果関係を分子スケールで解析可能な2波長同時1分子観察を実施する。 また、ゲル薄膜系の研究においては、C(A), C(B), C(G)の三つの変動因子と規則性因子αの関係性をゲル薄膜を用い実験的に明確化するとともに、成分A, B, C, X(=中間体)の全成分の濃度の時空間発展を記述した偏微分方程式を数値解析的シミュレーションに基づいて、αの制御を司る化学的因子の明確化を行う。以上より、反応場のポテンシャル勾配に依存した秩序構造形成に関する知見を集約し、生命システムおよび自然界に見られる類似構造の発現機構の解明並びに、その構造の生命科学・自然科学的意義を解き明かす。
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