本研究課題は、光合成反応のうちで最大の謎とされている水分解・酸素発生反応におけるエネルギー論の解明を目的に、水分解の反応部位であるマンガンクラスターの酸化還元電位Emの実測に挑むものである。最終年度においては、マンガンクラスター近傍で機能するチロシン残基YDの電位計測に焦点をあてて、赤外分光電気化学計測を行った。 マンガンクラスターがS2状態にあればYDによって還元され、またS0状態はYD・ラジカルによって酸化されてS1状態に遷移することが知られている。したがって、マンガンクラスターの酸化還元電位Em(S1/S0)はYDの酸化還元電位Em(YD・/YD)より低く、Em(S2/S1)はEm(YD・/YD)より高いことから、YDの酸化還元電位はS2およびS0のEmと密接な関係にあるといえる。そこで、光化学系II試料の電位を変化させながら、光照射によるYD・生成の際の赤外信号を検出したところ、+900 mVまではYD・の生成量は変わらず、さらに高電位にすると次第に赤外信号が小さくなることが観測された。この結果から、YD・/YDのEmは少なくとも+900 mV以上であると見積もられ、従来EPR滴定によって得られてきた値より100 mV以上プラスであることが示された。したがって、マンガンクラスターのEmも従来考えられてきた値より100 mV以上プラスであることが示唆された。 また、光化学系IIにおける閃光照射後のQA-とYD・、S2、およびYZ・間の電荷再結合の時定数を測定することにより、YD・/YDとS2/S1、YD・/YDとYZ・/YZのEm差の計測に取り組んだ。この結果を基に、特にS2/S1のEmを見積もるに至り、従来の値を刷新するに至った。
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