研究課題/領域番号 |
19H02685
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
伊藤 繁和 東京工業大学, 物質理工学院, 准教授 (00312538)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ミュオン / ラジカル / ミュオニウム / リン複素環 |
研究実績の概要 |
本研究では、素粒子ミュオンを利用した高エネルギー開殻分子の創成を目的としている。令和3年度は、前年度に引き続いて新型コロナウイルスの影響でミュオンを用いた測定実験については遠隔条件で行ったが、次に示す成果を得ている。 1)ペリ位に導入したトリフルオロメチル基によって安定化された9-ホスファアントラセンにミュオニウム(=ミュオンと電子の複合体で軽水素同位体に相当)が付加した開殻種の構造同定を完了した。その構造は、プロトンの9分の1の質量をもつミュオンの高いゼロ点エネルギーのためにDFT最適化によって見積もられる水素付加体とは異なるが、その様式がこれまでに知られている有機分子のミュオニウム付加体とは全く別であることを明らかにした。すなわち、ペリ位のトリフルオロメチル基の立体効果がミュオンの高いゼロ点エネルギーによって打ち消され、一見するとペリ位が無置換の9-ホスファアントラセンのミュオニウム付加体と同一の構造となることがわかった。 2)リン複素環一重項ビラジカルである1,3-ジホスファシクロブタン-2,4-ジイルについて、4員環の炭素ラジカル中心にミュオニウムが付加した構造の同定を完了した。 3)新たな試みとして、チオカルボニル化合物のミュオニウム付加プロセスについて検討した。新規に合成したチオホルムアミドにミュオンを照射したところ、硫黄原子に選択的にミュオニウムが付加していることをDFT計算の結果と照合してほぼ確定した。その一方で、固体状態では2種類のラジカル種が生成することを予想外に見出した。また、環状チオケトンを幾つか合成し、それらから一つを選んで、固体状態でミュオン照射を行った場合においても、特に低温状態で2種類のラジカルが現れることを見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
令和3年度において、当初計画していた、リン複素環分子構造へのミュオニウム付加体の観測と同定をほぼ完了することができた。特に、リン複素環ビラジカルの炭素ラジカル中心へのミュオニウム付加過程を明らかにすることは、ミュオンをつかった研究に着手した大きな動機であり、今回その同定を完了できたことには大きな達成感がある。また、ホスファアントラセンのミュオニウム付加反応についても同定を完了することができたが、これまで知られていないミュオン同位体効果の発現様式を明らかにできたことは、ミュオン科学の今後の発展に十分寄与する成果と思われる。さらに、これらに加えて、高周期カルボニルのミュオン分光研究に着手することができたが、ミュオン科学の発展に資すると期待される予想外の知見が得られている。有機合成の積極活用を組み合わせた、今後の新たな研究の展開が可能になってきたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
令和4年度では、当初の研究目的がおおよそ達成されたことを踏まえ、新たな試みを含む、以下に示す3項目について検討を実施する計画である。 1)高周期チオカルボニルのミュオンスピン回転・共鳴実験を実施する。特に、ミュオニウム付加によって生成する複数のラジカル種を与えるチオアミドとチオケトンに着目し、溶液および固体状態で温度を変えて精密に測定することによって信頼性の高いデータを収集し、同位体効果を考慮したDFT計算を実施する。これによって、チオカルボニル基のラジカルに対する反応性についての新たな知見が得られるだけでなく、ミュオンの軽同位体効果の本質に関する詳細な理解が可能になると思われる。 2)ジフルオロメチルホウ素化合物を用いた有機フッ素化合物の合成において、ラジカル過程を利用することで有用な有機合成プロセスを構築できる可能性が見出されている。その一例としてイソニトリルを用いる反応があるが、これまでにイソニトリルのラジカル付加体の観測がほとんど皆無であることを踏まえ、ミュオンを用いたイソニトリルのラジカル反応解析を試みる。一方で、ジフルオロメチルラジカルを、高ゼロ点エネルギー構造をもたらすミュオニウムのアナローグとして扱い、ジフルオロメチルラジカル付加体の生成(および可能であれば単離)とその反応を検討する。 3)トリフルオロメチル基の導入数や縮環数を増大させた新規な高周期アントラセンの合成研究を進める。
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