研究課題/領域番号 |
19H02714
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
浦口 大輔 北海道大学, 触媒科学研究所, 教授 (70426328)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 有機分子触媒 / キラルアニオン |
研究実績の概要 |
アニオンと明確な相互作用をもたないカチオンであるオキソニウムイオンのプロキラル面の認識が可能なキラルボラートを構造最適化し、高立体選択的なプロトン化駆動型Prins環化反応の開発を完了した。開発したキラルボラートは、結合形成段階に加えて環化後のカルボカチオン中間体からの脱プロトン化の位置を高いレベルで制御できる点で、非常に特徴的である。なお、本反応ではプロキラルカチオンとキラルアニオンの間に結合が存在しないために、イオン対型遷移状態の構造を明らかにすることが難しいが、ケモインフォマティクスの手法を援用することで理解が進むことを見出した。 開発したキラルボラートの性能を、光酸化還元条件における基本反応種のひとつであるラジカルカチオンの制御においても評価した。一般に、ラジカル中間体を選択的に捕捉できる分子間力は無いとされているが、ラジカルイオンの電荷を利用することでイオン対型触媒系における知見が利用できると想定した。実際、ラジカルとカチオンが共役していないディストニックラジカルカチオンをシクロプロピルアミンの一電子酸化により光触媒的に生成し、対イオンであるキラルボラートの制御下にα-アルキルスチレン類との[3+2]環化付加を行うことで高立体選択性の獲得に成功した。なお、ディストニックラジカルカチオンの制御においては、イオン間力に加えて、イオン対をつなぐために水素結合を利用することが重要であり、シクロプロピルアミンにカルバモイル基を導入してウレアとすることで、ディストニックラジカルカチオンに高いアニオン認識能を付与する必要があった。本戦略は、ラジカル反応に有効な配向基利用法と捉えることもできるため、光酸化還元触媒系以外の領域へも波及効果を与え得ると期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
開発したキラルボラートを用いることで、これまでに、オキソニウムイオンおよびカルボカチオンからの反応を高度に制御できたことに加え、光触媒条件下でのラジカルカチオン種を経る結合形成への応用にも成功しており、研究の進捗はおおむね順調と言える。取り上げたそれぞれの反応においては、ボラートとは異なり配位性(求核性)をもつアニオンを触媒とする条件についても評価したが、いずれも本ボラートの構造が特異的に重要であることを示す結果が得られている。このことは、本研究の価値を明確にすると同時に従来までの常識を覆すものであり、制御対象であるカチオンとの強く明確な相互作用がキラルアニオンによる触媒的反応制御において必ずしも重要ではないことを示唆している。また、ケモインフォマティクスを援用した機構解析に着手したことで、キラルボラートが方向性の無い相互作用のみでプロキラルカチオンを制御できる原理について理解を進めつつある。 一方で、研究計画で想定したモデル反応のひとつであるSchmidt転位およびアリル型カルボカチオンの制御については、未だ反応最適化が完了しておらず、今後の課題として残っている。これまで同様の実験的な取り組みに加え、上記のケモインフォマティクスから得られる情報をうまく利用することで、選択性および反応性の向上につながる触媒構造修飾へのヒントが得られると考えている。研究最終年度中には、合成化学的に利用できるレベルの効率と選択性を両立させる反応条件を見出したい。
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今後の研究の推進方策 |
前年度に引き続き、アニオンと相互作用する部位をもたないカチオン性中間体を経るSchmidt転位の反応条件最適化を推し進める。並行して、ヘテロ原子による共鳴安定化を受けていないカルボカチオンの制御への挑戦を本格化させる。α-リチオビニルエーテルとカルボニル化合物から合成できるアリルアルコールを基質として生じるカチオンへの付加反応の立体選択性の向上に取り組み、合成化学的に意味のあるレベルまで引き上げる。本反応では、非対称中間体への求核攻撃の位置と立体化学の同時制御が求められるが、これまでに得られた知見を活かして生成物を選択的に与える条件を導く。研究期間終了までには、非安定化sp3カルボカチオンの発生と制御への挑戦を念頭に、非配位アニオン型酸としての高い酸性を十分に発現させるために触媒を系内調整し、孤立二重結合のプロトン化によるカチオン生成を契機とした分子内環化反応(例えばプロトラクトン化)を検討し、分子間反応や脱水型反応へと展開する。また、前年度までに光触媒との協働によるディストニック型のラジカルカチオンの[3+2]環化付加反応におけるジアステレオおよびエナンチオ選択性の制御に成功したことを受けて、新たなディストニック型ラジカルカチオン前駆体の探索とそれを用いた立体選択的結合形成反応を開発する。ここでは、独自に案出したアニオンを捕捉する配向基という概念を最大限に活かし、従来まで制御困難であった活性種の精密制御を実現する。 一方で、キラルアニオンと反応性カチオンから成るイオン対の形には普遍性があることを活かすことで、これまでの研究から得られたカチオン性中間体の制御に係る知見を金属カチオンを用いる反応系に適用し、金属(錯体)イオンの力を利用した新しいカチオン発生法との組み合わせから新たな分子変換の可能性を探る。
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