研究課題/領域番号 |
19H02742
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研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
藤浪 眞紀 千葉大学, 大学院工学研究院, 教授 (50311436)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 陽電子消滅 / その場分析 / 水素脆化 |
研究実績の概要 |
本課題では,放射性同位体管理区域といった特殊な実験施設内での分析という使用制限を克服し,放射性同位体管理区域外の通常の実験室での分析を可能とする普及型陽電子消滅装置を開発し,かつ原子空孔集合体や転位密度の実測からフィールドでのその場構造体余寿命評価法への展開を目的とする。今年度は装置の基本要素の構築とシステム化,その応用に向けた取り組みを実施した。 まず,放射性同位体である22Naを法規制値以下の放射能濃度である下限数量とし,かつ密封線源化した線源作成,試料面以外の部分で陽電子が消滅した成分のシンチレータを利用した検出,その発光信号を反同時計数回路により試料消滅成分と区別するためのエレクトロニクスおよびアルゴリズムの開発に着手し,所定の目標値を得るに至った。現在,陽電子寿命スペクトル解析法の最適化を模索しているところである。 本手法の応用例として,長年の未解決課題である金属の水素脆化における支配欠陥因子を明らかにすることを試みている。本試料においては水素の拡散係数が非常に大きいため水素を電解液中で添加しながら測定するというその場陽電子寿命測定が必要になる。本手法はその目的に合致したものである。そのための電解セルを設計製作し,その問題点等を抽出しているところである。これにより水素脆化支配欠陥が反応中での挙動をその場観察可能となる。 これらの成果は,論文1報,国内会議3件,国際会議2件で発表し,また放射線取扱に関する啓蒙書を1冊執筆するなどで成果発信に努めた。次年度以降は,開発装置の新規展開として,構造物寿命評価のためのフィールド試験や各種金属の水素脆化支配欠陥の解明に資する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は,陽電子源である0.5 MBq 22-NaCl溶液をシンチレータ表面に滴下・乾燥させポリイミド箔で覆い一体化した”密封線源”を作成し,拡散や試料への付着を防ぎ,安全な取り扱いを確保可能とした。試料とは逆側に放出された陽電子は,シンチレータへ入射すると量子効率100%で発光するため,その発光と消滅ガンマ線が同時に検出された場合には測定をしないようにする反同時計数回路を構築することができた。これにより試料およびポリイミド箔での消滅成分のみの陽電子寿命スペクトルを取得することが達成された。以上の実現のため,適切なシンチレータの選定(発光強度,発光寿命など)や発光特性に対応した光電子増倍管の選定も完了し,反同時計数回路のエレクトロニクスの構成や計数プログラム開発なども新規に開発できた。 また,本開発手法を金属の水素脆化問題に資するべく,準備を進めている。水素脆化は初期に空孔-水素複合体が形成し,それらが転位運動に伴い局所ひずみ場で空孔集合体を形成し,亀裂へと成長するという仮説を立て,室温で不安定な空孔-水素複合体の検出と高ひずみ場での空孔集合体の局所形成観察のためのその場陽電子寿命測定装置を開発した。水素の拡散係数が非常に大きい純鉄において,水素添加および応力負荷した状態でのその場陽電子消滅測定のために考案したテフロン製電解セルを作製した。電解セル内部側の試料面は硫酸+チオシアン酸アンモニウム溶液の電解液に浸され,電解により水素が添加される。水素の拡散係数は大きいため,逆側の試料面にも水素は添加される。水素添加と逆側の試料面を測定面とし,線源,欠陥無しの純鉄を順番に置き陽電子測定に供す。片面のみが試料でも欠陥が生成していれば,信号強度が半減するのみで欠陥成分は十分に検出可能である。現在その実証実験を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
本開発の普及型陽電子消滅装置により単一試料測定が可能となると,直接構造体に線源部を接着測定することで,フィールドでの実材料に応用可能となる。本手法が余寿命評価法としての有効性を確証するためには,同一試料での追跡試験が必要となる。まず疲労試験材に着目し,一定の応力を一年間付与しつづけ,陽電子消滅法で得られるデータ(転位の160 ps成分)の経時変化を求め,破断までの余寿命と転位密度との相関を得る。2020年度はその結果をもとに,協力関係が得られる鉄鋼会社での実環境を模した暴露試験材に本法を適用し,他の非破壊試験法(X線など)との比較を行い,本手法の優位性を実証する。 また,構造材料として最も基本的な純鉄の水素脆化支配欠陥の決定には,純鉄試料を電解法により水素添加し,かつ延伸した状態でのその場陽電子消滅測定が必要となる。開発する普及型陽電子消滅測定装置は,まさしくその要求に対応可能である。純鉄中の水素の拡散係数は非常に大きく,容易に水素は拡散し,試料全体に水素関与欠陥が生成する。純鉄では延伸速度により水素感受性が大きく異なることが知られており,低ひずみ速度になるほど水素脆化する。つまり水素の拡散速度と転位速度が関与していると予想しており,転位の切り合いによって形成された空孔-水素複合体形成とその経時変化を検出する。また,水素起因の遅れ破壊に関連する弾性変形領域での欠陥形成を本装置で実証する。このような取組は,陽電子法はもとより他の分析手法においても実現されたことはなく,世界初の空孔-水素複合体の検出を狙う。そして,水素脆化材に特徴的な空孔集合体の形成を検出することで実材料での評価法としての可能性を検討する。
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