研究課題/領域番号 |
19H02744
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研究機関 | 青山学院大学 |
研究代表者 |
島田 林太郎 青山学院大学, 理工学部, 助教 (70548940)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ラマン分光 / 温度計測 / 分光画像計測 |
研究実績の概要 |
本研究は生体分子そのものから発生するラマン散乱光をもとに、プローブ分子などを用いず、非侵襲的に細胞内物質の温度を直接計測する新たな細胞内部温度可視化手法の開発を目的としている。本年度は温度分布計測法と可視化(イメージング)法を組み合わせた高速イメージング技術を細胞に適用し、装置の性能評価と性能向上を行った。 開発した高速イメージング技術は±20から±2000 cm-1の広帯域においてラマンイメージを高速に取得可能である。本装置を用い、顕微鏡下で培養環境に保った培養細胞(ヒト乳腺がん組織由来)のラマンイメージを行ったところ、通常の高速顕微ラマンイメージ法では観測を行わない低波数領域(+200から+20 cm-1 領域)において、従来法で観測に用いる指紋領域(+2000から+200 cm-1)に比べて1桁ほど強いラマン信号が観測されることが明らかとなった。低波数領域の信号は明瞭なピークを示さなかったが、多変量解析の適用により、指紋領域でも観測されていたタンパク質、脂質、水などに由来する信号が含まれていること、また、これらの成分分離解析が可能であることを明らかにした。アンチストークス領域を含めた低波数領域のラマン信号に基づき、細胞内外の温度分布イメージを作成したところ、細胞内に温度の不均一性が存在することを示唆する結果が得られた。今後、蛍光背景光などによる偽信号の評価やその除去を精緻に検証する。 本研究で観測可能になった細胞の広帯域ラマンイメージングデータは、信号強度が大きい低波数領域と小さい指紋領域信号を含有しており、この信号強度の差異が多変量解析において雑音を増幅させることが明らかとなった。そこで、データ解析法の検討として信号のノイズ統計を解析に取り込んだ新たな多変量ノイズ低減処理法を開発し、温度計測データのノイズ軽減を達成した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度までの研究計画では、多点並列検出ラマン顕微分光画像計測法による高速ラマンイメージングと、低波数ラマン信号を利用した無標識無接触温度計測法を組み合わせ、細胞の温度イメージの計測を行うことを予定していた。本年度、装置開発として特に重要であった低波数領域まで測定可能な高速ラマンイメージング装置のプロトタイプの開発を達成した。実際に培養環境におかれた細胞からラマンイメージを計測し、細胞内の温度分布を算出できることを実証的に示すことができた。また、細胞の低波数ラマン信号は、これまで実験的な知見が乏しかったこともあり、特に生体分子成分の解析にどこまで利用できるか不明な点が多かった。これまでに得られたデータから、細胞由来の低波数ラマン信号の強度は非常に強く、また多変量解析によって生体分子成分ごとに情報を引き出せる可能性が明らかとなった。現時点では算出した温度の確度の検証はまだ不十分と言わざるを得ないが、妨害信号の除去や標準試料を用いた温度確度の検証・補正を行うことにより細胞内部温度可視化手法を確立する目処は立っている。以上の理由から当初の目標は概ね達成できたと考える。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度の研究により、細胞の温度分布可視化に必要な装置開発は概ね完了している。2021年度は30°C付近で最も信号強度の変化する低波数スペクトル領域(-400から+400 cm-1)に特に着目したスペクトル解析法の改良を行い、温度精度の向上を図る。これまでの研究で明らかになった微弱な残存背景光(蛍光)による温度計測精度の低下を解決するため、(i)補助的な事前計測を組み合わせた高精度蛍光除去解析や(ii)繰り返し測定間の蛍光減衰曲線の見積もりに基づく蛍光除去解析などを試みる。温度分布画像の空間分解能、温度分解能、温度測定確度を評価し、各性能を妨害する要因の特定並びに各性能の向上を図り、当初の数値目標(温度分解能: 1 K以下; 空間分解能: 顕微鏡回折限界(約400 nm))の達成を目指す。 ついで、構築した装置を細胞内の温度不均一分布の存在の検証や薬剤刺激に対する温度分布の変化の検出、細胞種ごとの温度分布の比較などに応用する。この目的のために、マルチウェルプレート対応顕微鏡ステージを用い細胞群比較測定を行う。またこれまでの研究により、細胞の低波数ラマンスペクトルは水分子やタンパク質、脂質など多様な分子種からの信号が含まれており、これらを分離して定量できることが明らかとなっている。これらの信号を成分ごとに分離し、分子種ごとの温度計測の可能性について検証を行う。
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