研究課題/領域番号 |
19H02771
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
中嶋 健 東京工業大学, 物質理工学院, 教授 (90301770)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ナノレオロジー原子間力顕微鏡 / 温度時間換算則 / ガラス転移現象 / 粘弾性測定 / シフトファクター / 分散地図 |
研究実績の概要 |
本研究では研究代表者がこれまで開発してきたナノ触診原子間力顕微鏡(AFM)およびその発展型であるナノレオロジーAFMを用いて、高分子物理学における基礎法則のひとつである温度時間換算則がナノスケールで成立するのか否かを調べる。そのために必要な装置開発も本研究の範囲内で行う。予備的な検討では、換算周波数が同じで空間全体で平均化した弾性率や損失正接の値が互いに一致する場合でも、単に周波数を高くする実験と低温に試料を持ち込んだ場合では、ナノスケールの各点での高分子鎖セグメントダイナミクスに違いがあり、平均値の周りでの「ばらつき」の程度が異なることがわかっている。換言すれば、ガラス転移現象は空間的な不均一性が増幅される現象なのではないかとの仮説に至ったことになる。 本研究では、この予備検討を確実にし、この仮説を検証するため、最大6桁に及ぶ広帯域測定が可能な温度可変ナノレオロジーAFM第三世代を開発し、この現象の解明を行う。本手法では周波数帯域での測定が可能であるので、巨視的な粘弾性測定(DMA)で通常行うマスターカーブの作成を一定温度で実現できる。ここに温度制御を組み込むことで、真の意味での「シフトファクター」を算出できることになる。「シフトファクター」は線形粘弾性理論の基礎中の基礎であり、それが従来よりも精密に計測できることで、この理論の根底を実験的に検証することが可能となる。ナノスケールの「分散地図」を作成するという最終目的への重要なマイルストーンである。 初年度である本年度は第三世代装置開発および現有の第二世代を用いた研究を行った。それぞれについては次項目で詳細を説明する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度である本年度は第三世代装置開発および現有の第二世代を用いた研究を行った。第一世代のナノレオロジーAFMでは試料下部にアクチュエータを設置し、試料を加振したが、それでは温度制御が不可能なため、第二世代ではカンチレバーを加振する方式に変更し、温度可変な装置を実現した。ただそのために広帯域性を犠牲にすることとなった。その際、カンチレバー背面のピエゾ素子は、業者から購入できるオプション品をそのまま用いたため自由度に欠けた。本研究で目指す第三世代は、周波数も広帯域でかつ温度制御も可能な完全な装置であり、カンチレバーホルダを自身で改造することで実現される。まだ具体的な実績として報告できる段階にはないが、本年度の検討により装置改造時に注意すべき点などを洗い出すことがほぼできたと考えている。 本研究では装置開発とともに第二世代を用いた科学研究を継続することも目的としている。第二世代は温度可変性の追加のみならず、カンチレバー加振方式に変更したことにより、試料側にさまざまな工夫を施せる。例えば試料を巨視的に伸長した状態で粘弾性の測定を行うことができる。本年度は加硫ゴムを対象にその伸長状態でゴム状態・ガラス転移状態がどのような影響を受けるのかを調べ、同時に伸長状態にある試料の巨視的DMAと結果を比較した。巨視的測定では伸長に伴い貯蔵弾性率がゴム状平坦領域で増大し、損失弾性率では低伸長では大きな差異はないものの高伸長において周波数分散の傾きが小さかった。これは分子鎖が伸長によって伸長方向と垂直方向に圧縮されて集合することによって摩擦が増加したためと考えられる.ナノレオロジーAFMでも高伸長率で変化が大きい点が共通して観測されたが、さらには「空間不均一性」によって生じた高弾性率相で「内部不均一性」が増大していた。なおこの成果については一報の論文を提出するところまで進めることができた。
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今後の研究の推進方策 |
初年度にはカンチレバーホルダを改造することで第一世代・第二世代の双方の特長を十分に活かせる第三世代を開発する予定であったが、問題点の抽出は完了したもののまだ成功には至っていない。次年度もこの取り組みを続ける予定である。 一方、上述のように第二世代を用いて、伸長下にあるゴム材料の不均一構造のナノスケール粘弾性を測定することに成功し、論文発表まで展開することができた。そのために専用の治具を開発して研究を行った。この内容はまだまだ行えることがあるため、引き続き検討を続けていきたいと考えている。 また本年度の後半から動的不均一性を対象とするため、部分相溶状態にある試料の観察を始めた。特殊な分散地図を描くことができそうなこの試料も次年度中に成果としてまとめたいと考えている。なお本年度購入した射出成型機は動作確認を行うところまで完了しており、次年度以降活用していく予定である。一つの応用がこの部分相容試料を対象にした研究で、溶媒ブレンドと機械ブレンドを比較するような検討が行える。
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