研究課題/領域番号 |
19H02775
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
渡辺 宏 京都大学, 化学研究所, 教授 (90167164)
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研究分担者 |
松宮 由実 京都大学, 化学研究所, 准教授 (00378853)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 高分子 / 流動 / 局所摩擦減少 / ネマチック効果 / 絡み合い |
研究実績の概要 |
高分子量の絡み合いポリスチレン (PS) メルト系では、鎖の伸長・配向に伴って局所摩擦が減少し、伸長粘度は低下することが知られている。しかし、(1) この摩擦減少は絡み合いの有無や高分子の化学構造に依らない普遍的現象なのか、(2) 鎖の伸長に加えて回転も誘起する剪断場でも同様に摩擦が減少するのか、などの重要事項は不明である。本研究の目的は PS、ポリイソプレン (PI) などの多様な高分子の非絡み合いおよび絡み合い系に対する伸長および剪断流動実験と理論解析を行い、問い (1) および (2) に関する完全な知見を確立することにある。 この目的に沿って、非絡み合い状態の PS メルト系とPS 溶液系の伸長流動挙動を比較したところ、メルト系では伸長速度の増加に伴って局所摩擦減少に由来する粘度低下が観察されたのに対し、溶液系では、高速伸長下で流動誘起相分離が起こり、その粘度は増加した。また、伸長下と同程度の流動速度の剪断下では、メルト系、溶液系ともに粘度低下を示した。さらに、剪断下では、溶液系においても流動誘起相分離は観察されなかった。 上記の結果は、非絡み合い溶液の非線形レオロジー挙動に対して熱力学的機構(高度に伸長された鎖の弾性自由エネルギーを相分離によって低下させる機構)が大きく寄与していることを示唆し、単一成分系(メルト系)と多成分系(溶液系)の非線形挙動における本質的な差を明示する。従って、鎖の伸長・配向に伴う局所摩擦の減少にも、この熱力学的機構が寄与しているものと推察される。また、伸長流動下と剪断流動下での挙動の差は、剪断流動のみが内包する回転変形が鎖の伸長を緩和させることに由来すると推察される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
京都大学化学研究所に既設の高真空ラインを用いて低分子量ポリスチレン (PS) をアニオン重合し、光散乱 GPC を用いて分子量 (2.5万) および多分散度 (1.03) を決定した。この PS 試料のメルト系およびフタル酸ジブチル (DBP) 溶液系 (PS濃度 = 70%) について、既設のフィラメント・ストレッチ-レオメータと汎用回転型レオメータを用い、ガラス転移温度より25C高温において、伸長流動測定と剪断流動測定を行った。その結果、ワイゼンベルグ数~5 に至る高速流動域における伸長速度の増加に伴って、メルト系では粘度が低下するが、溶液系では、流動誘起相分離が起こり、粘度が増加することを見出した。一方、剪断流動下では、伸長下と同程度の流動速度において、メルト系、溶液系ともに粘度低下を示し、溶液系においても流動誘起相分離は観察されなかった。同程度の速度の伸長と剪断であっても、相分離が伸長下のみで起こるという現象は、これまでの予想にない新知見であり、以下の考察につながった。この新規性から、本研究は、概ね順調に進展していると判断される。 流動下での相分離は、流動により伸長された高分子鎖の弾性自由エネルギーを相分離によって低下させる熱力学的機構に由来すると考えられる。したがって、伸長流動下と剪断流動下での相分離挙動の差は、剪断流動のみが内包する回転変形が鎖の伸長を緩和させることに由来すると考えられる。また、この熱力学的機構が、単一成分系(メルト系)と多成分系(溶液系)の非線形挙動における本質的な差を生じる原因であることも推察される(メルト系では、伸長鎖の弾性自由エネルギーは、相分離ではなく、流動不安定性を誘起する)。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度の進捗状況に鑑み、本年度以降は、ポリスチレン (PS) に加えて、p-置換ポリスチレン (p-R PS)、ポリイソプレン (PI) などの化学的に異なる高分子種にも着目し、これらのメルト系、溶液系について、既設のフィラメント・ストレッチ-レオメータと汎用回転型レオメータを用いて伸長流動測定と剪断流動測定を行う予定である。絡み合いの効果を調べるために、各高分子種について分子量が異なる試料を数種、既設の高真空ラインを用いてアニオン重合し、光散乱 GPC を用いて分子特性解析を行う予定である。 さらに、PI 鎖は主鎖骨格に平行な A 型双極子を有するため、その末端間にわたる大規模運動が誘電分散として観察される。この特徴を活かして、PI メルト系、溶液系については、既設の容量ブリッジを用いて、剪断流動下での誘電測定も行う予定である。 以上の実験で得られる知見を総合して、高分子の伸長・配向がもたらす局所摩擦の減少が (i) 絡み合いの程度に応じてどのように変化するのか、(ii) 高分子の化学構造とともにどのように変化するのか、(iii) 高分子の大規模運動にどのような影響を与えるのか、(iv) 流動誘起相分離を許す溶媒の存在下でどのように変化するのか、などの点を、Rouse-FENE モデルや GLaMM モデルなどを援用した理論的考察も行いながら、明らかにしてゆく予定である。また、得られた結果は、米国レオロジー学会 (SOR)、米国物理学会 (APS) などで発表し、また、Macromolecules 誌などに論文として公表する予定である。
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