研究課題/領域番号 |
19H02777
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
井上 正志 大阪大学, 理学研究科, 教授 (80201937)
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研究分担者 |
浦川 理 大阪大学, 理学研究科, 准教授 (70273539)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 半屈曲性高分子 / 粘弾性 / 繊維補強 / 流動光学 / 応力光学則 / 複屈折 / レオロジー |
研究実績の概要 |
今年度は,以下の研究を実施した. 1)PBLGをモデル高分子としてその希薄溶液からからみ合い息までの粘弾性と複屈折を測定した.Morse理論に基づいて,希薄域の結果を解析した結果,理論が予測するように,伸長モード,曲げモード,配向緩和モードによって粘弾性・複屈折緩和がうまく記述できることことがわかった.さらに,理論では,配向緩和モードは単一緩和でかけるとしているが,実験的には,拡張指数型とする方が良い一致を示した.屈曲性のために剛直棒とはずれるためと説明できた.有限濃度域では,それぞれの緩和モードの有効摩擦係数の濃度依存性を導入することで定量的に記述することができた.配向緩和モードにおいては,からみ合いによる遅延効果が現れるが,理論と良い一致を示した.さらに,からみ合いの発生によって,配向緩和モードの関数型と強度が変わることが明らかになった. 2)DNA等の半屈曲性高分子のからみ合い系について,粘弾性と複屈折の測定を行い,高濃度での応力光学則の破綻について精査した.この原因は,セグメントサイズがからみ合い長より短くなる緻密からみ合いに由来するもので,曲げ剛性が粘弾性に寄与するためであルことがわかった.また,緻密からみ合い領域は,半屈曲性高分子では広く一般的に成立することが明らかになった,さらに,からみ合い弾性率の高さGNと高分子構造に検討した結果,GNとKuhn長の間に普遍的な関係が成立することが明らかになった.からみ合いは,高分子鎖間の接触確率で決まるが,高濃度域では,Kuhnセグメントの熱運動によるうねりによって決まることが明らかになった.一方,低濃度域では接触確率は極めて減少し,鎖の形態による濃度揺らぎが支配することが明らかになった,屈曲性高分子では,鎖の太さのたえにセグメント濃度を増加させることができず,緻密からみ合いが生じないこともわかった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題は,半屈曲性高分子の粘弾性の全容解明を目指しており,複屈折測定を有効に利用することにより,今年の研究から,希薄域から緻密からみ合い域までの粘弾性を詳細に明らかにすることができた.特に高分子科学の長年の課題であった分子構造とからみ合いの関係について,高分子鎖の剛直性の効果を普遍的に明らかにできた意義は大きい. 従来の理論では,屈曲性高分子のからみ合いについてはLin-Noolandi理論が有効とされているが,からみ合い平坦弾性率の濃度依存性の不一致など,未解決の問題が残されていた.Lin-Noolandi理論では,屈曲性高分子のからみ合いの起源としてガウス鎖の接触を考えるが,本研究で得られた結果はからみ合いの起源は単純なセグメントの接触確率で支配されていることを示した.こうした従来の解釈における不備の原因は,実在系は理論が想定するよりもセグメント濃度が高く,また一部の非理想的な実験データに結果が誘導されているためである.本研究により,高分子鎖の剛直性を系統的に変えた研究を実施することができ,屈曲性鎖から剛直性鎖まで継ぎ目のない理想的なからみ合い挙動の本質を世界に先がけて明らかにすることができた. また,半屈曲性高分子のからみ合いにおける剛直性由来の曲げモードの寄与について初めて検討することができ,さらに理論と定量的に比較検討することもできた.
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今後の研究の推進方策 |
本研究では,半屈曲性高分子の研究を通じでセルロースナノファイバーの補強効果を明らかにすることも目指している.今年度までの成果から,理想的な半屈曲性高分子の粘弾性・分子運動を明らかにすることができた.この結果,短時間領域の粘弾性緩和は,Morse理論が予測するように伸長モードに支配されることが明らかになった.今後の研究では,これまでの成果を利用して,セルロースナノファイバーの補強効果における分子運動の効果の解明に挑む.Halpin-Tsai理論をはじめとする従来の理論では,補強繊維は剛直な直線棒として扱われているが,伸長モードの存在は棒の剛性が有限で,熱運動によってうねった形態を取ることを示している.このうねった形態が補強効果に及ぼす効果を定量的に記述することに取り組む.既にセルロースナノファイバーの希薄溶液の粘弾性について調べているので,今後は溶媒をガラス形成物質に置換することで,固体マトリックス中でのセルロースナノファイバーの分子運動について明らかにする.高周波数極限の粘弾性と複屈折測定から,固体状態でのセルロースナノファイバーの補強効果を解明する. また,これまでにセルロースナノクリスタル溶液は理想的な挙動を示すが,セルロースナノファイバー溶液では緩和時間の強い濃度依存性等が確認されている.この原因については,現在のところ不明であるが,最近の研究結果からセルロースナノファイバー間の相互作用のために濃度揺らぎが生じ,配向緩和が遅延されていることが示唆された.今後の研究では,モデル高分子溶液の研究から,この相互作用とダイナミクスへの影響を詳細に明らかにしていく.さらに,この相互作用を制御し,相互作用による濃度揺らぎが補強効果に及ぼす効果についても解明する.必要に応じて分散状態を電子顕微鏡で調べ,補強効果との関係を明らかにする.
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