研究課題/領域番号 |
19H02824
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
山本 泰彦 筑波大学, 数理物質系, 教授 (00191453)
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研究分担者 |
鈴木 秋弘 長岡工業高等専門学校, 物質工学科, 教授 (60179190)
百武 篤也 筑波大学, 数理物質系, 准教授 (70375369)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 四重鎖DNA / ヘム / G-カルテット / 酸化触媒作用 / テロメア / 機能性核酸 / 触媒機構 / 軸配位子 |
研究実績の概要 |
核酸塩基のグアニンを豊富に含む塩基配列のDNAが形成する四重鎖DNAに対して、ヘムタンパク質の補欠分子族として知られるヘムは特異的に結合し、安定なヘム-DNA複合体が生じる。四重鎖DNAでは、グアニン塩基4つが水素結合により同一平面内で環状に連結したG-カルテットと呼ばれる特徴的な構造が形成されている。G-カルテットの平面性とサイズは、ヘムのポルフィリン環とのπ-πスタッキングに都合が良い。ヘム-DNA複合体では、ヘムとG-カルテットの接触界面に存在する水分子が軸配位子(H2O)としてヘム鉄に結合している。G-カルテットとヘムの2つのπ平面による疎水性空間に孤立して存在しているH2Oの特異な電子的性質は、ヘム-DNA複合体が示すヘムタンパク質類似の分光学的性質および機能の解明に重要であると考えられる。 今年度の研究では、酸化型ヘム(Fe3+)と四重鎖DNAの複合体が示す酸化触媒活性で重要な反応中間体である高酸化オキソ鉄4価ポルフィリンπカチオンラジカル錯体(Compound I)の電子スピン共鳴法等による解析を通して、当該複合体の触媒機構の解明とヘムと四重鎖DNAを構成要素とする新規触媒分子の創製のために有用な知見を得た。ヘムの側鎖に強い電子求引基であるトリフルオロメチル基を導入した化学修飾ヘムを用いて調製したヘム-DNA複合体の酸化触媒活性は小さいことが明らかとなったことから、ヘム鉄の電子密度の減少がCompound Iの生成を抑制し、結果的に、触媒活性が減少することが明らかになった。そこで、複合体の酸化触媒活性の増大を目的として、電子供与性の強い種々の配位子をH2Oの代りに軸配位子として使用することを試みた結果、アンモニア(NH3)も軸配位子として結合することを発見すると共に、軸配位子をH2OからNH3に置換することにより複合体の酸化触媒活性が増大することを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究により、ヘム-DNA複合体の酸化触媒反応では、オキソ鉄4価ポルフィリンπカチオンラジカル錯体(Compound I)が生成することが明らかになった。また、複合体の酸化触媒活性の大きさは、ヘム鉄の電子密度と正の相関を示すことを明らかにした。これらの発見から、ヘム-DNA複合体の酸化触媒機構は、ヘムを活性中心としてもつ酸化酵素ファミリーのペルオキシダーゼ等の触媒機構と本質的に同一であることが明らかになった。一般に、ヘムの反応性は、ヘムの電子構造を通した電子的因子とヘム近傍の構造化学的環境を通して調節されることが知られているので、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)等の触媒活性発現機構の研究から詳細に明らかにされている“Push-Pull”機構に基づいた解析をヘム-DNA複合体の研究に適用して、複合体の酸化触媒活性発現機構を解明する。 HRPのPush-pull機構で、Push機構はヘム鉄に結合した過酸化水素(H2O2)のトランス位の軸配位子(HRPの場合は、His170)からヘム鉄への電子供与によってもたらされており、ヘム鉄の電子密度の増大がCompound Iにおける鉄の高酸化状態(Fe4+)の安定化に寄与する。一方、Pull機構は、ヘム鉄に結合したH2O2の脱水素反応、そして、引き続いて起こるH2Oの脱離反応が近接する一般塩基触媒と一般酸触媒(HRPの場合は、それぞれHis42とArg38)により促進されてCompound Iが生じる機構である。ヘム-DNA複合体の研究では、軸配位子の電子供与性、ヘムの化学修飾を通したヘム鉄の電子密度の調節によるPush機構の変化およびヘム-DNA複合体のヘム鉄に結合したH2O2の近傍の構造化学的環境をDNA塩基配列の系統的変化やカチオン性高分子の添加によるPull機構の調節を通して、ヘム-DNA複合体の触媒活性発現機構を解明する。
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今後の研究の推進方策 |
生体内における四重鎖DNAの立体構造は、G-カルテット3つが積層した疎水性コアによって安定化されてという点では共通しているが、四重鎖を形成するDNAの分子数およびG-カルテットの積層部分に対する4つのヌクレオチド鎖の配向は平行型や反平行型など、複数の組合せがある。そこで、まず、四重鎖DNAのフォールディングトポロジーが、ヘムとの複合体形成および生じた複合体の酸化触媒活性に与える影響を解析し、新規ヘム-DNA複合体の分子設計に有用な知見を得る。さらに、ヘム-DNA複合体の研究から得られた成果を、ヘムと四重鎖RNAの複合体の構造と機能の関係の解明に役立てる。RNAのリボース環の2’位の炭素原子には水酸基が結合しているので、分子内または分子間で水素結合を形成することができるため、四重鎖RNAは四重鎖DNAよりも安定性が高い。さらに、RNAの2’位の水酸基による立体障害のため、四重鎖RNAは、一部の例外を除いて、平行型四重鎖であるという特徴がある。これらの四重鎖RNAの特徴が、ヘムとの複合体形成反応と複合体の触媒活性に及ぼす影響を明らかにする。 また、四重鎖RNAは、G-カルテットに加えて、ウラシル塩基4つがG-カルテットにおけるグアニン塩基と同様に連結して生じるU-カルテットをもつので、ヘムの新たな結合部位となる可能性がある。さらに、非標準塩基であるイノシン4つが形成するI-カルテットをもつ四重鎖DNAを用いて、ヘムとの相互作用を解析する。四重鎖核酸におけるこれらのカルテット構造の平面性、サイズ、電子構造の違いがヘムとの相互作用に与える影響を解析し、四重鎖核酸とヘムの分子認識機構を明らかにする。さらに、それぞれのカルテットに結合したヘムの酸化触媒活性および分光学的性質などの比較研究を通して、四重鎖核酸との相互作用によりヘムの反応性が調節される機構を明らかにする。
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