細胞動態を長時間観察するためには,高い光安定性と輝度,細胞膜透過性,および標的特異性を満たす近赤外蛍光標識剤の開発が求められる.これまで報告してきた高耐光性近赤外色素PREX 710を基盤とし,今年度は細胞膜透過性をもつ近赤外蛍光標識剤POR-BTを開発した.POR-BTはキサンテン骨格の9位の炭素にベンゾチオフェン-2-カルボン酸を有している.蛍光性の双性イオンと非蛍光性のスピロラクトンとの間の平衡を利用することで,細胞膜透過時において脂溶性のスピロラクトンを形成し,膜透過性を高めるよう設計した.POR-BTを合成したところ,シス型とトランス型の異性体を分離することに成功した.次に,タンパク質タグの一つであるHaloTagに結合するリガンドを導入し,標的タンパク質の標識を試みた.その結果,シス型では細胞内の膜組織に対する非特異的な吸着がおこり,標的タンパク質がほとんど染色されなかったのに対し,トランス型ではHaloTagが発現しているオルガネラのみを特異的に標識できることがわかった.この現象について理解を深めるため,リン脂質内部におけるPOR-BTの分子動力学計算を実施した.その結果,シス型はリン脂質内部で会合体を形成しやすいのに対し,トランス型はリン脂質のヘッドグループと相互作用することにより,脂質二重膜を透過しやすくなっていることがわかった.トランス型のPOR-BTを用いて染色した細胞については長時間の観察ができ,例えば細胞分裂におけるヒストンの動態を90秒間隔で24時間にわたって追跡することが可能となった.また,HaloTagを小胞体に発現させた後にPOR-BTで標識し,微小管と共にマルチカラータイムラプス超解像イメージングを実施した.微小管に沿って小胞体がダイナミックに動く様子を3次元画像で捉えることに成功した.
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