研究課題/領域番号 |
19H02882
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
吉村 徹 名古屋大学, 生命農学研究科, 教授 (70182821)
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研究分担者 |
加藤 志郎 香川大学, 農学部, 助教 (50547023)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | セリンラセマーゼ / D-セリン / 反応機構 |
研究実績の概要 |
本年度は主として、ピリドキサル5'-リン酸(PLP)に依存する真核生物型セリンラセマーゼ(SR)の反応機構について、次の2課題の研究を行った。 (1)SRは Serのラセミ化に加えて、D-およびL-Serをピルビン酸とアンモニアに分解するデヒドラターゼ反応(分解反応)も触媒するが、ラセミ化の効率がD-SerとL-Serでほぼ同等であるのに対し、分解反応では L-Serに対する効率が D-Serに対して圧倒的に高い。そのため、SRは直接D-Ser分解を触媒せず、D-Serはラセミ化反応によってL-Serに変換された後に分解される可能性が云われていた。本研究では、細胞性粘菌とマウスのSRが触媒するD-およびL-Serの分解反応における、基質および溶媒同位体効果を検討し、SRが直接D-Ser分解を触媒することを立証した。 (2)我々は分裂酵母のSR(SpSR)のPLP結合リジンでありL-Serのα-水素授受の触媒基であるLys57が、基質との反応中にリジノ-D-アラニル残基に変換されることを見出している。これは、デヒドラターゼ反応の中間体であるα-アミノアクリル酸がLys57を修飾する、酵素自殺基質反応様の修飾であると考えられる。修飾SpSRはなお活性を有しており、リジノ-D-アラニル残基が、Lys57代行すると示唆される。本研究では、標識L-Serの取り込みやESI-MS解析から、マウスのSR(mSR)が同様の修飾を受けることを明らかにした。修飾の結果、ラセミ化と分解反応におけるkcat値はD-Ser、L-Serともに低下したが、分解反応におけるKm値がD-Serのみ大幅に減少した。そのためマウス前脳でのD-Serの濃度に近い1 mMの基質条件下では、この修飾によって分解反応におけるL-Serに対する D-Serの反応効率(kcat/Km)比が0.04から2.4に上昇した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は主として、真核細胞型セリンラセマーゼ(SR)の反応機構に関する2つの課題について研究したが、いずれも一定の結論を得ることができた。SRは脳内NMDA受容体のコアゴニストとして働くことから、SRは中枢神経系において重要な役割を担っている。 SRはラセミ化活性とともに、D-,L-Serの分解活性も有する。しかしD-Serに対する分解活性がL-Serに対して非常に低いため、SRがほんとうにD-Ser分解を触媒するかについては長らく議論されていた。今回の研究結果(1)はこの議論に終止符を打つものである。また(2)の研究では、反応の進行に伴う酵素の修飾によってin vivo でのD-Serの分解効率がL-Serのそれ上回る可能性があることを示した。もしこの修飾が細胞内でも起こっているとすれば、SRの持つSer分解活性の生理的役割の理解に大きなインパクトを与えると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
研究(1)については2020年度に論文を発表し完了した。(2)についてはマウス脳内でこの自殺基質様修飾反応が進行するかどうかを明らかにすることが重要だと考えている。来年度以降は、本基盤研究の課題の一つである、「ポリエチレングリコール修飾によって免疫源性を低下させたD-Ser分解分解酵素( D-セリンデヒドラターゼ)の筋萎縮性側索硬化症(ALS)のモデルマウスへの投与実験」に力を傾注する。 脊髄におけるD-Ser濃度の過剰な上昇が、運動神経細胞の破壊を通じてALSの進行をもたらすとの説があるため、D-セリンデヒドラターゼの投与によって脊髄でのD-Ser濃度を低下させ、ALSの進行への影響を検証する。
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