バキュロウイルスの最大の特徴は,感染の最後期に「多角体」と呼ばれるタンパク性の結晶体を大量に産生することである.多角体の主成分はポリヘドリンであり,ウイルス感染細胞全タンパク質の50%を占めることもある.このように単一のタンパク質が細胞全タンパク質の数十%を占めるシステムは,多細胞真核細胞ではこのバキュロウイルス-昆虫細胞系のみである.本研究では,バキュロウイルスが多角体の大量産生を実現する細胞内チューニングシステムの全貌を解明することを目的とする.今年度は以下の成果を得た. ・昨年度までに,BmNPVを用いて核移行シグナルに変異を導入したウイルスを作成した(合計17ウイルス).それらのウイルスを用いて感染実験を行った結果,KRKKに変異が存在するとポリヘドリンの核移行が阻害され,多角体が核と細胞質に存在するようになることが明らかになった.その際,核局在する多角体の形状は野生株と同じだが,細胞質に存在する多角体は大型化し,四面体形状を示すことがあった.すなわち,ポリヘドリンのアミノ酸配列は同じでも,形成される場所の違いで多角体の形状が変化することが初めて示された.一方,R33は核移行よりもむしろポリヘドリンの蓄積量に関与する重要な残基であることが判明した. ・ポリヘドリンの高発現と宿主細胞ゲノム状態の関係を調査するために,BmNPV感染BmN-4細胞におけるユークロマチンマークであるH3K4me3修飾を調査した.その結果,BmN-4細胞において高発現している遺伝子はH3K4me3修飾がエンリッチされていること,低発現の遺伝子はその逆であることを確認した.ウイルス感染が進行するに伴いこの修飾のエンリッチ傾向は弱まり,高発現している遺伝子の発現は減少し,低発現の遺伝子の発現が上昇してくることが判明した.
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