研究課題/領域番号 |
19H02970
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
大出 高弘 京都大学, 農学研究科, 助教 (60742111)
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研究分担者 |
三戸 太郎 徳島大学, バイオイノベーション研究所, 教授 (80322254)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 後胚発生 / 形態進化 / 昆虫 / 変態 / 不完全変態昆虫 / コオロギ / 翅原基 |
研究実績の概要 |
昆虫が示す多様な形態創出の鍵となるのは、基本的ボディプランを形成した後、あるいは形成しながら、局所的に体の一部を変形する能力にあり、変形する場所を規定する仕組みを明らかにすることで、昆虫の多様な形態の創出を可能にした仕組みを理解することができると考えられる。 この目的のため、本研究では後胚期の顕著な局所的変形により形成されるフタホシコオロギの翅発生をモデルとして研究を進めている。昨年度までの研究から、フタホシコオロギとキイロショウジョウバエの間で、胸部を局所的かつ爆発的に成長させて翅を作り出す分子機構が進化的に概ね保存されている可能性が示された。完全変態昆虫であるショウジョウバエは幼虫を構成する細胞とは明確に区別されて翅を作り出す元となる細胞群(翅原基細胞群)が形成され、幼虫期に体の一部が変形することはない。一方で、不完全昆虫であるコオロギは幼虫の体の一部を変形させながら翅を作り出す。本年度は、コオロギの翅原基細胞群が形成される分子機構の調査を進めた。その結果、ショウジョウバエ幼虫の翅原基中で進行するのと同様の発生プロセスが、コオロギの胚期に進行することが明らかとなった。これは、ショウジョウバエでは、成虫原基という幼虫の体を構成する細胞とは独立した細胞集団を作り出す過程で、祖先の胚発生過程で完了していた発生プロセスを先送りにしたことを示唆する。このようにそれぞれの昆虫種で発生プロセスが進行する時期は異なれども、蛹という段階の有無により大きく発生様式が異なる不完全/完全変態昆虫間においても、変形の元となる細胞群を作り出し、その後爆発的な細胞分裂により体の一部を変形する分子機構は進化的に保存されていることが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度中にコオロギの局所的な変形を示す領域の形成過程に関する理解が進み、本研究はおおむね順調に進展していると評価できる。今年度は、主にコオロギの翅原基細胞を含む背板縁領域の形成機構について、本研究でゲノム編集を利用して作出したvestigial(vg)レポーター系統を用いて調査した。ショウジョウバエ幼虫の翅原基では、背側コンパートメントで発現するApterous(Ap)がNotchシグナリングを活性化することで、背腹境界領域でvgやwingless(wg)が発現する。この背腹境界領域でのvgやwgが中心となって翅領域が形成される。前年度までの研究から、フタホシコオロギで背板縁のvg発現細胞が翅形成に不可欠であることが示されたが、(1)胚期にvg発現が誘導される分子機構や、(2)翅形成における直接的な役割については不明であった。今年度は、(1)を理解するため、vgレポーター系統でapのモザイクノックアウト個体を作出した結果、vgの発現パターンが著しく乱れ、また、正常なvg発現が阻害された場所で背板縁の形態に異常が表れた。この結果は、コオロギの胚期でapがvgの発現を制御することを示し、発生様式が大きく異なるコオロギとショウジョウバエの間で翅原基細胞を規定する分子機構が進化的に保存されていること、そしてこの保存された発生プロセスが進行するタイミングが胚と幼虫という異なる時期にそれぞれの昆虫で変化していることを示唆する。また、(2)について背板縁領域のvg発現細胞の翅形成における機能的十分性を調査するため、GFPラベルされたvgレポーター系統の背板縁細胞を、野生型のコオロギ幼虫体内に移植した後、成虫での形態的変化を観察した。一部の移植細胞は翅様の形態変化を示したが、現段階では再現性に乏しく、翅への分化も検証が不十分であるため、vg発現細胞の機能について結論を得るに至っていない。
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今後の研究の推進方策 |
今後は局所的変形部位の進化機構に焦点を当て、無翅昆虫の背板の肥大化により翅の進化を可能としたゲノム配列の変化を特定することを目指す。次年度は無翅昆虫における翅マーカー遺伝子の発現解析および機能解析を進め、有翅昆虫との相違を明らかにすることを目標とする。
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