研究課題
気候変動に伴って乾燥化が危惧されている熱帯雨林では、熱帯樹木の乾燥ストレス耐性が種によって異なる可能性があるものの、そのメカニズムは未解明の点が多く残されている。先行研究では主に地上部の生理的・形態学的特性に着目し、乾燥ストレス耐性に関連する水利用特性の評価が行われてきたが、水吸収は主に地下部の根系で行われていることから、本研究では、熱帯樹木の乾燥ストレス耐性の種間差は、吸水深度の違いに起因していると仮説を立て、検証することを試みた。東南アジア熱帯雨林の主な優占種・フタバガキ科3属6種(各種5~6個体)の高木樹木を対象に、やや乾燥した時期に材と土壌(深さ1mまで)のサンプリングを実施し、真空蒸留法による水の抽出と、抽出水の酸素の安定同位体比分析から吸水深度を推定した。その結果、仮説のとおり、種によって吸水を依存している深度の割合に違いが認められ、フタバガキ属はサラノキ属よりも概して吸水深度が深い傾向が示唆された。また、種内における個体間での吸水深度のばらつきの程度も種によって異なることが分かり、この原因解明は今後の課題である。他にも、樹種は特定できなかったが、吸水を主に担う細根(直径2㎜以下)の深度分布を調査地内の3カ所で、表層から10㎝ごとに深度1mまで手掘りで調査したところ、細根量は土壌表層に最も多く、深層に向かうにつれて減少したものの、深度1mにも細根はある程度分布していた。このことから、深層土壌から吸水する樹木があることが裏付けられた。2019年度は6樹種でしか調査できなかったため、吸水深度の種間差をより明らかにするためには、今後はもう少し対象樹種を増やして吸水深度の推定を行うほか、乾燥程度の異なる時期にサンプリングを複数回実施し、吸水深度の季節変化パターンが樹種によって異なるかを検証する必要がある。
2: おおむね順調に進展している
調査・試料採集許可は既に有していたため、サンプリングは順調に実施できたものの、試料の持ち出し許可の取得に時間を要したため、2019年度のサンプリングは一度のみとなった。しかし、計画通り、試料から水を抽出する真空ラインを新たに研究室に設置したため、効率よく抽出実験を行うことができ、年度内に安定同位体比分析と解析を終えられたことから、吸水を依存している深度の割合に種間差があることを解明できた。また、吸水深度割合を推定するモデルとして、IsoSourceの使用を当初予定していたが、より最近に公表されたMixSIARを用いた解析に変更した。ただ、土壌水の酸素安定同位体比の深度勾配がそこまで明確ではないこと、対象樹種が限られていること、抽出水の分析機器の分析精度がやや不安定であることなど、今後、検討・改善が必要な課題も幾つか浮上した。
新型コロナウィルスの感染拡大により、マレーシア・サラワク州にある調査地への渡航が難しいため、まずは昨年度の成果について、国際誌に投稿すべく論文としてまとめる。また、分析機器の挙動がやや不安定であるため、分析機器の調整を試みるほか、先行研究のデータを用いて、本研究の残り2つの目的である、吸水深度と乾燥ストレス耐性との関係性、および吸水深度と地上部(葉と材)の水分生理特性との関係について予備的に解析を開始する。年間を通して調査地へ出かけられない場合は、熱帯雨林と同様の湿潤林である国内の樹木を対象に、サンプリング手法の細かい点をつめるための予備実験を開始することを検討する。状況が落ち着き、調査地へ出かけられるようになった後には、乾燥程度が異なる時期を選んで、これまでの6種に他の樹種を加えた樹木を対象に、材と各深度の土壌を採集し、水の抽出と抽出水の安定同位体比分析を実施する。
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Tree Physiology
巻: 39 ページ: 1000-1008
https://doi.org/10.1093/treephys/tpz022