研究課題
本研究は、サケ科魚類の成長に重要なインスリン様成長因子結合蛋白(IGFBP)の組換え蛋白を作製して、ゲノム編集による機能解析と免疫測定系の確立を行い、メカニズムの理解に基づいた成長・ストレスの診断法を開発することを目的としている。本年度は以下の成果を得た。組換え蛋白の作製については、IGFBP-2b1と-2b2の組換え蛋白の作製を大腸菌発現系を用いて行った。今回は、蛋白質の折りたたみと溶解性を高めるチオレドキシンとヒスチジンタグを付加した組換えIGFBPを発現させた。その後、組換えIGFBPをニッケルカラムを用いて精製し、酵素処理を行って融合パートナーを切断した後、逆相クロマトグラフィーにより精製した。そして、脳下垂体培養系を用いた機能解析を行い、サブタイプの活性には違いがあることを示唆した。ゲノム編集実験については、米国冷水養殖研究所と共同で作出したニジマスのIGFBP-2b1と-2b2のダブルノックアウト(KO)・ダウン(KD)F0魚に対し、絶食・再給餌実験を行った。そして、血中IGF-I(遊離型と結合型)や他のIGFBPの補償的反応を合わせて解析した。結果、給餌・絶食条件下のIGFBP-2b KO/KD魚において各パラメータの血中量そのものよりも、遊離型や結合型IGF-Iとの関係において他のIGFBPによる補償的な反応が見られた。また、野生型ニジマスを個体標識して飼育実験を行い、IGFBPの成長指標としての有用性を検証した。血中にはIGFBP-2bと新規の32-kDa IGFBPが主に検出されたが、負の成長指標候補であるIGFBP-1aと-1bはほとんど検出されなかった。血中IGFBP-2bは個体の成長率と正の相関があり、正の成長指標としての有用性が示された。これらの解析から、各IGFBPの成長指標としての有用性は種ごとに異なると考えられた。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、IGFBP-2bサブタイプの組換え蛋白を作製し、ニジマスにおけるIGFBPの成長指標としての有用性を検討することを目標としたが、いずれも達成した。サケ科魚類には2つのIGFBP-2bサブタイプが存在するが、これらの組換え蛋白を作製することに成功した。そして、組換え蛋白の機能を脳下垂体細胞培養系を用いて解析した。結果、IGFBP-2b1単独で脳下垂体からの成長ホルモン分泌量を増加させた。一方、IGFBP-2b2にはそのような効果は見られず、サブタイプ間に機能の違いがある可能性が考えられた。ただ、本結果は予想外であったため、今後、追加実験により検証する。これまでにサクラマスにおいてIGFBP-1aと-1bの時間分解蛍光免疫測定系(TR-FIA)を開発し、これらがストレスや成長停滞の指標になることを示してきた。今年度は、世界的に重要な養殖対象種であるニジマスにおいて血中IGF-Iと各IGFBPの成長指標としての有用性を検討した。指標を絞り込むため、まず標識ヒトIGF-Iを用いたリガンドブロッティングにより、血中量を半定量した。結果、ニジマスでは予想に反して絶食して成長が停滞している個体でもIGFBP-1aと-1bが血中にほとんど検出されなかった。一方、血中IGFBP-2bは個体の成長率と比較的高い正の相関を示し、IGF-Iと同様に正の成長指標として用いられると考えられた。本結果から、ニジマスでは成長のブレーキ役であるIGFBP-1aと-1bをあまり使わずに成長調節がなされると考えられ、種特性が考えられた。一方、血中に新規の32-kDa IGFBPが検出され、その成長調節に果たす役割が注目される。本研究の成果は、現在、投稿論文としてまとめている。以上、予想外の結果がありながらも、着実に研究成果が出ていることから、「おおむね順調に進行している」と判断した。
本年度までに、当初の目標としてきた6種類の分泌型IGFBPサブタイプの組換え蛋白作製を一通り達成した。一方で、融合パートナーからの酵素的切断の際に生じる非特的分解による収率の低さが共通の課題として出てきた。現在、酵素切断部位の配列の一部を変えて収率の向上を目指しており、来年度も継続する。一方、IGFBP-2bに関しては、チオレドキシンを含まないHisタグ付加のみの組換え蛋白を作製することで回収率を上げることに成功している。来年度はこの組換え蛋白をニジマスに生体投与して、成長ならびにIGF-Iや他のIGFBPに対する影響を明らかにする。また、脳下垂体培養系を用いた機能解析において成長ホルモンの検出感度を上げるために、成長ホルモンのユーロピウム直接標識によるTR-FIAの再確立を行う。成長指標として有望であると考えられたIGFBP-2bについて、組換え蛋白を用いて、TR-FIAの確立を目指す。なお、IGFBP-2bに対する抗血清は作製済みである。本サブタイプのTR-FIAではIGFBP-2bを標識する競合法をまず検討し、必要があればサンドイッチ法を試す。また、ゲノム編集を施したニジマスF0世代を交配し、IGFBP-2b KOのF1世代を作出する。ホモKO個体を用いて、絶食・再給餌実験を改めて行い、血中の遊離型と結合型IGF-I、32-kDa IGFBP、組織IGF受容体mRNAなどを解析することで、IGFBP-2b KOの効果を総合的に評価する。また、国内共同研究者は、日本各地(宮城、岩手および宮崎)でサクラマス等の種苗生産現場と連携し、高成長、高温耐性および高降海性を持った種苗の作出や選抜を試みる。そして、それらの魚の成長・ストレスを確立した指標で診断し、生産効率の向上を目指す。
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