研究課題
環境DNAとは,生物が環境中,特に水中に放出するDNAの総称であり,対象生物の在不在や生物量の推定に応用されつつある.本研究では,環境DNA技術をより高度化し,水産生物の産卵や被食,加入といった生活史イベントを検知する道を拓くとともに,その応用を試みることを目的とする.特に,繁殖時には多量の精子が放出されることから,核由来のDNAが多く検出されること,また被食時には新鮮な組織片が体外に放出されるのに伴い,長鎖のDNA断片が多く検出されることを予測し,これらについて検討した.前年までに開発したマアジとカタクチイワシに続き,クロダイ,キジハタ,マナマコについて,ミトコンドリアと核のそれぞれを標的とするプライマーを作製し,種特異性を確認した.カタクチイワシおよびキジハタの親魚水槽で,それぞれ産卵期に昼夜にわたる採水を行い,環境DNA分析に供するとともに,時刻ごとの産卵数を計数した.その結果,いずれの魚種についても,産卵に先立って核由来の環境DNAの大量放出が認められた.これは,産卵に先立っての放精を反映したものと考えられた.受精卵から飼育したカタクチイワシの仔魚をマアジに捕食させたところ,捕食直後には目立った環境DNA放出は認められず,4時間後に初めて環境DNA量のピークが現れた.マアジはカタクチイワシを丸呑みして捕食する.このため,糞として排出されるタイミングで環境DNAが多量に検出されたものと推察された.天然海域でキジハタの生息個体数を潜水目視により計数し,同時に採水して本種の環境DNAを定量した.調査測線ごとに見ると,目視個体数と環境DNA量に明瞭な相関は認められなかった.しかし,海藻の繁茂する岩礁域ではキジハタの目視個体数と環境DNA量が多く,繁茂しない砂泥域では両者は少ないという明瞭な結果が得られた.
2: おおむね順調に進展している
キジハタについて,前年に作製していたミトコンドリアを標的とするプライマーに加えて,核を標的とするプライマーを設計し,種特異性を確認した.これを,親魚水槽からの2時間ごとの採水に由来する環境DNAに適用したところ,核とミトコンドリアの比が産卵の直前に高まることが明らかとなった.これは,産卵前に多量の放精がなされたことを示唆している.続いて,若狭湾沿岸の12地点で潜水し,各地点の10測線(各長さ50m,幅2m)におけるキジハタの個体数を目視により記録するとともに,採水試料を環境DNA分析に供した.その結果,調査測線ごとの比較では,目視個体数と環境DNA量の間に有意な相関は認められなかった.しかし,岩礁域と砂泥域との比較では,前者でのみキジハタを目視確認し,かつ環境DNAは前者が有意に多かった.このことから,環境DNAはハビタット間での生物量の比較を行う上で適していると考えられた.京都府由良川と広島県太田川とで採水を行い,クロダイの河川への進入の季節変化を調べた.いずれの河川でも,本種の環境DNAは夏季には淡水域からも検出された.マアジの飼育水槽から採水し,異なる目合のフィルターでろ過し,サイズ分画ごとに環境DNAを抽出し,長鎖および短鎖の環境DNAの含有量を比較した.その結果,長鎖のDNAを標的とした環境DNAは大きいサイズの分画に相対的に多く含まれるがわかった.長鎖環境DNAは,微生物等による分解が進んでおらず,自然界ではより近傍にいる個体を反映すると考えられる.このようなサイズ分画ごとに検出される環境DNAの特性を利用して,環境DNAに時空間の情報を付与する可能性が見出された.
産卵に先行しての環境DNA放出について,水槽実験の結果を論文としてまとめる.あわせて,これを反映する事象が天然海域で認められることを確認する.このため,カタクチイワシやキジハタの産卵時期および産卵時刻にあわせて,天然海域において採水し,試料中の核DNA量の増大の有無を検討する.被食に関しては,噛みつき型の捕食者の攻撃を受けた際,被食側は直後に多量の環境DNAを放出すると推定される.これについて水槽実験により確認する.クロダイの河川進入に関しても,論文のとりまとめを進める.一方,沖合から沿岸へのクロダイの加入過程を環境DNAで検討した研究(投稿中)において,採水した試料は,他の魚種の加入過程を検討する材料ともなる.そこで,これらDNA試料を環境DNAメタバーコーディング分析に供する.これにより,沿岸加入過程を様々な魚種について季節ごとに精査することができる.調査海域である若狭湾由良川沖では,曳網による仔稚魚の分布調査が精力的に行われてきたため,それらの結果との照合も可能である.クロダイの核DNAをターゲットとした環境DNAプライマーが,前年度末に完成した.これまでの調査から,若狭湾では6月にクロダイの産卵のピークがあることがわかっている.そこで,核とミトコンドリアDNAの比は6月に上昇することを予想して,経時採水試料についてDNA分析を行う.マナマコに関しては,産卵時期に高頻度の採水を試み,環境DNAを抽出して,本種のミトコンドリアおよび核を標的としたプライマーによる分析を試みる.これにより,産卵のタイミングにあわせての核DNA放出の有無を確かめる.
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すべて 雑誌論文 (14件) (うち査読あり 13件、 オープンアクセス 8件) 学会発表 (9件)
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