研究課題
近年、長寿命化に伴い悪性腫瘍(がん)によって命を落とすイヌが増えており、既存の治療法に加えて新たな治療戦略の開発が望まれている。ヒト医療では、外科療法・放射線療法・化学療法に加え,免疫療法の応用が進んでおり、特に抗Programmed cell death 1(PD-1)抗体や抗PD-ligand 1(PD-L1)抗体といった免疫チェックポイント阻害薬は、悪性黒色腫や肺がんなどの多くのがん種に対して良好な治療成績が報告されている。これまでにイヌの悪性腫瘍においてもPD-1/PD-L1経路による免疫抑制が起きていること、また世界初のイヌ用免疫チェックポイント阻害薬であるイヌキメラ抗PD-L1抗体が、一部のイヌにおいて腫瘍の退縮をもたらすことを北海道大学動物医療センターにおける臨床研究によって明らかにしてきた。しかし、どのような腫瘍でPD-L1が発現しており治療の標的となるのか、また抗PD-L1抗体の治療効果や安全性についてはいまだ情報が少なかった。そこで本研究では、イヌPD-L1を特異的に認識するラットモノクローナル抗体を用いた免疫組織化学染色法を樹立し、各種イヌ腫瘍におけるPD-L1の発現解析を行った。また、北海道大学動物医療センターにおいて、口腔内に原発し肺転移を有する悪性黒色腫(ステージIV)に罹患したイヌ29頭に対し、イヌキメラ抗PD-L1抗体を投与する臨床研究を実施し、その安全性と治療効果を検討した。
2: おおむね順調に進展している
樹立した免疫組織化学染色法により、扁平上皮がん、鼻腔内腺がん、移行上皮がんを含む各種イヌ悪性腫瘍(12種類中11種類)において高率にPD-L1の発現が認められた。特に口腔内悪性黒色腫では発現率が95%(20検体中19検体で陽性)と非常に高く、抗PD-L1抗体を用いた治療の標的となりうることが確認された。抗PD-L1抗体を用いた臨床研究では、安全性に大きな問題は生じなかった。また、治療した29頭のうち5頭(17.2%)において画像上で腫瘍の縮小が認められ、測定可能病変を持つ13頭のうち1頭(7.7%)では完全奏効と判断された。測定可能病変を持たない他の16頭のうち2頭では、すべての検出可能な腫瘍が消失し、1年以上生存した。同センターにおいて過去(2013から2016年)に治療した同様のイヌ(歴史的対照群15頭:中央生存期間54日)と比較して、抗PD-L1抗体治療を受けたイヌでは肺転移を認めてからの生存期間が有意に長く(29頭:中央生存期間143日、P=0.00006)、抗体治療による生存期間の延長効果が示唆された。
樹立した免疫組織化学染色法により、扁平上皮がん、鼻腔内腺がん、移行上皮がんを含む各種イヌ悪性腫瘍において高率にPD-L1の発現が認められた。このことから本研究で樹立したPD-L1免疫組織化学染色法は、抗PD-L1抗体治療の適用となるがんを選定するための診断ツールとしての利用が期待される。イヌキメラ抗PD-L1抗体は肺転移のある悪性黒色腫に対する新たな免疫療法としての実用化が期待されるだけでなく、他のPD-L1陽性腫瘍においても治療薬として有用である可能性があると考えられた。本抗体を使用した応用研究を今後も行っていく予定である。
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すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 3件) 備考 (3件)
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