統合的ストレス応答ISRに関して、クライオ電子顕微鏡法を用いて、宿主細胞であるヒト由来eIF2Bとシチリア型サシチョウバエ熱ウイルス(SFSV) NSsタンパク質(以下NSsタンパク質)の複合体の構造を解析した。その結果、NSsタンパク質のeIF2Bへの結合部位は、リン酸化eIF2が結合する部位と部分的に重なっていることが判明した。これは、リン酸化eIF2とNSsタンパク質はeIF2Bに同時に結合できないことを示していた。すなわち、NSsタンパク質はリン酸化eIF2がeIF2Bに結合するのを邪魔し、eIF2Bの活性阻害によるストレス応答を防いでいる可能性が示された。生化学的手法により、NSsタンパク質がリン酸化eIF2によるeIF2Bの活性阻害を抑制していることを確認した。その効果は医薬品候補分子であるISRIBよりも高かった。ISR経路において、eIF2Bはストレスの種類に関係なく共通して阻害されるため、eIF2Bを標的とするNSsタンパク質はウイルス感染時に限らず、さまざまなストレスに対する応答を抑制する能力があると考えられる。実際に、薬剤によって小胞体ストレスを引き起こしたところ、NSsタンパク質を発現している細胞では、翻訳の全体的抑制とストレス応答因子の選択的合成という、ISRの二つの主要な効果がともに抑制されていた。また、ラット海馬神経細胞やヒトiPS細胞から作製された運動神経細胞でNSsタンパク質を発現させ、小胞体ストレスに対する影響を調べたところ、どちらの神経細胞でも神経突起の変性などの影響が緩和されることが分かった。
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