研究課題/領域番号 |
19H03175
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
吉種 光 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 助教 (70569920)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 概日時計 / DNAシスエレメント / ゲノム編集 / システムバイオロジー / 転写制御 |
研究実績の概要 |
概日時計の基本骨格は転写フィードバック制御である。bHLH-PAS型の転写因子であるCLOCKとBMAL1はDNA上の時計シス配列E-boxに結合して一群の遺伝子の転写を活性化する。この標的遺伝子の中にはPeriod (Per)やCryptochrome (Cry)が含まれており、転写・翻訳されたPERとCRYはCLOCK-BMAL1による転写活性化を抑制する。このとき同時に、E-boxを介してリズミックな転写調節を受けるRev-erbは、DNAシス配列RREの転写活性を抑制することにより、E-boxと逆位相の転写リズムを生み出している。この概日時計の転写フィードバック制御の中で、どの時計シス配列がどの時計遺伝子の転写リズムを制御することが時計振動に必要不可欠であるのか、という根本的な問いが未解決である。そこで本研究では、遺伝子近傍の時計シス配列をゲノム編集技術により欠損し、特定の遺伝子の転写リズムを消失させてその効果を評価する。初年度には時計遺伝子Bmal1に注目した。Bmal1遺伝子を欠損すると、培養細胞における遺伝子発現リズムやマウス個体の輪回し行動リズムが完全に消失することから、やはりBmal1遺伝子が時計振動に必須であることを確認した。このBmal1遺伝子の転写制御領域には2つのRRE配列が存在するがCRISPR-Cas9システムによりこれらの配列を欠損した細胞を樹立した。その結果、Bmal1遺伝子の遺伝子発現リズムが時刻によらず一定になることから、これらRRE配列がBmal1のリズミックな転写制御に必須であることを示すことができた。さらに、これらRRE配列を欠損した変異マウスを作成した。リズム振動そのものではなく、それぞれの遺伝子の転写リズムを生み出すシス配列にメスを入れることにより、それぞれの遺伝子リズムの重要性が評価できると期待している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
時計シス配列の欠損という画期的な手法によりリズミックに発現する遺伝子を欠損することなく、その発現レベルを一定にして時計振動に与える影響を評価することが本研究の目的である。文章に書くとシンプルな戦略であるがその実行は困難を極める。実際に本研究で着目したBmal1遺伝子は、その5’UTRに2つのRREが報告されており、この周辺領域を切り出してきてルシフェラーゼ遺伝子と連結させるだけでリズミックな転写を誘導可能であることは知られていた。つまり、リズム誘起に「十分」である。その一方で、この小さなDNA領域を欠損するだけで、Bmal1遺伝子の転写リズムが本当に停止するか否かは不明であった。本研究により、着目した2つのRRE配列がBmal1遺伝子の転写リズムに「必要」であることが示された。当初の計画では、もしもリズム性が停止しない場合を考え、リズム誘起に必要なDNA領域を網羅的に探索することを想定していたが、順調に目的に向けた研究を進めることができた。そしてこの知見をもとに変異マウスまで作成することができた。このRRE欠損マウスにおいては、Bmal1のリズミックな転写が一定となり、1日を通して一定量のBmal1のmRNAが存在し、タンパク質配列には全く異常がないBMAL1が1日を通して機能する。作成した細胞やマウスを解析することにより、進化上なぜBmal1の転写にリズム性が与えられたのか、という究極の問いに迫ることができると期待している。
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今後の研究の推進方策 |
この概日時計の転写フィードバック制御の中で、どの時計シス配列がどの時計遺伝子の転写リズムを制御することが時計振動に必要不可欠であるのか、という根本的な問いが未解決である。そこで本研究では、遺伝子近傍の時計シス配列をゲノム編集技術により欠損し、特定の遺伝子の転写リズムを消失させる。この中で、どの時計遺伝子のどの時計シス配列による転写制御が時計振動に必要不可欠であるのかを追求し、現状のフィードバック制御モデルを大胆に更新する正しい時計振動メカニズムを記述したい。初年度には時計振動に必須な遺伝子Bmal1に注目し、この転写制御領域にあるRREを欠損した細胞とマウスを作成した。本年度には作成した変異細胞や変異マウスを用いてRREによる転写制御の意義に迫る。これにより、進化上、様々な生物種においてなぜBmal1の転写にリズム性が与えられたのか、という究極の問いに迫ることができると期待している。このような時計振動に焦点を絞った解析と並行して、時計入力と時計出力に重要なシス配列の探索を行う。明け方に低く、夕方に高くなるmRNA発現リズムを示すNamptに着目し、この転写制御領域にあるE-boxを欠損した細胞とマウスを作成する。リズム振動そのものではなく、それぞれの生理機能の出力に鍵となるシス配列にメスを入れることにより、複雑なリズム出力を切り分けてその重要性が評価できると期待している。
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