研究課題
植物ホルモンの細胞、組織・器官での濃度制御は、ホルモンの生合成のみならず、その代謝不活性化によって精緻に制御を受けており、そのホルモン濃度の調節は植物の分化・成長においてきわめて重要である。オーキシンであるindole 3-acetic acid (IAA)のホルモン活性も、生合成、極性輸送、シグナル伝達系および不活性化により、協調して精緻に調節される。これまでIAAは、酸化経路(DAO経路)とアミノ酸複合体化経路(GH3経路)の2つの独立した経路で不活性化を受けると提唱されてきた。GH3酵素が触媒するIAAのアミノ酸複合体化と、DAO酵素が触媒するIAAの酸化経路について、ケミカルバイオロジーの手法により酵素反応学的性質や生理学的意義を解明し、オーキシンホメオスタシスの分子基盤を形成するオーキシンの代謝不活性化経路の全貌解明を目的として、研究に着手した。本研究課題の初年度に、アミノ酸複合体化経路の主酵素であるGH3-1からGH3-17の8種のGH3酵素と酸化経路(DAO経路)を担うとされているDAO1、DAO2の2種の酵素の過剰発現体や欠失変異体、多重変異株の作成を行った。また、GH3酵素により不活性化されたIAA-アミノ酸複合体を加水分解して再活性化するILR1・ILL酵素の挿入変異体を同定し、その多重変異株を作成した。さらに、IAAからの代謝物フローを解析するために、想定されるIAA代謝物の安定同位体標識体の合成を行った。これら変異体の表現型の解析と、GH3阻害剤に対する感受性を検討した結果、IAAの代謝経路では、GH経路が主経路として存在すると推定された。
2: おおむね順調に進展している
現在までの研究進捗状況は、研究目的であるオーキシンホメオスタシスの分子基盤を解明するため、研究計画に沿って次の3項目の研究を推進した。(1)「GH3酵素阻害剤・IAA-アミノ酸誘導体の評価」(2)「不活性化酵素の欠失変異株・過剰発現体の作成と代謝中間体の精密定量」(3)「不活性化酵素の機能解析」の三つの課題に分けて研究を進めた。(1)オーキシン不活性化経路の特異的な阻害剤であるGH3酵素阻害剤を用いた植物の表現型解析については、論文既報のdao1-1変異体、gh3 6重変異体、ugt74d変異体などのオーキシン不活性化経路の変異体について、その感受性試験を実施した。(2)GH3やDAO1不活性化酵素の欠失変異株・過剰発現体の作成を実施した。GH3の過剰発現体・多重欠損変異株および、GH3酵素によって合成されるIAAアミノ酸複合体を加水分解しIAAを遊離するILR1/ILL酵素の過剰発現体・多重欠損変異株の作成に着手した。過剰発現ベクターについては問題なく構築でき形質転換したが、恒常的な過剰発現体では、表現型の異常が極めて強いため、薬剤誘導性の過剰変異体を作製した。一方、欠失変異体については、カルフォルニア大学との共同研究で、ゲノム編集による欠失を実施した。現在、形質転換体・欠失変異体の作成は計画通り進行している。(3)シロイヌナズナのGH3やDAO1不活性化酵素を低温誘導性発現ベクターpCold1に導入し、大腸菌で組換え酵素として発現させることに成功したので、各酵素の基礎的なカイネテッィクや基質特性を解析中であり、計画通り進行している。
本年度は、(1)「GH3酵素阻害剤・IAA-アミノ酸誘導体の評価」:GH3酵素阻害剤・IAA-アミノ酸誘導体で処理した野生株、変異株のIAA代謝中間体の精密測定を実施し、表現型と代謝中間体の蓄積量の関連を分析し、代謝物フローを見積もる。(2)「不活性化酵素の欠失変異株・過剰発現体の作成と代謝中間体の精密定量」:本年度作成中のGH3・DAO活性化酵素の欠失変異株・過剰発現体とILR1・ILL酵素の欠失変異株・過剰発現体のホモ個体と表現型の詳細な解析を実施して、その後にそれら欠失変異株・過剰発現体中のIAA代謝中間体のLC-MS/MSによる精密定量を行う。また、安定同位体の投与実験も試みる。(3)「不活性化酵素の機能解析」:シロイヌナズナのGH3やDAO1不活性化酵素に加えて、ILL1-ILL6およびILR1,IAR3代謝酵素について組換え酵素について調製を試みる。本年度実施した予備的な検討では、大腸菌での発現は困難であると見積もったので、無細胞タンパク合成系など、別の発現系での酵素タンパク質の調製を目指す。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 2件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (5件) (うち招待講演 1件)
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