研究課題
匂いを感知する嗅神経細胞は、発現する嗅覚受容体の種類によってClass I型とClass II型の2種類に分かれる。Class I型は「魚類から哺乳類に共通したタイプ」のClass I 嗅覚受容体を発現し、その軸索を嗅球背側領域に投射する。一方、Class II型は「陸棲動物特異的な」Class II 嗅覚受容体を発現し、軸索を嗅球腹側領域に投射する。最近、我々はこの嗅神経細胞の二者択一的運命決定の制御因子として転写因子Bcl11bを同定した。本研究課題では、Bcl11bによる嗅覚受容体クラス選択の制御機構の全容を明らかにすることを目的としている。2019年度、嗅神経細胞の運命選択がClass IとClass IImそれぞれの嗅覚受容体のエンハンサーレベルで制御されていること、さらにBcl11bがClass I 嗅覚受容体のエンハンサーであるJエレメントの活性に抑制的に働くことを遺伝学的に明らかにした。さらにBcl11bが嗅神経細胞において結合するゲノム領域をChIP-seq法によって解析し、Jエレメントの活性制御の機構を明らかにする上で重要な知見を得ることができた。嗅神経細胞の運命選択の破綻が個体レベルの行動に及ぼす影響の解析では、嗅神経細胞のクラスに偏りが生じることで、生得的忌避物質に対する嗅覚行動が大きく影響されることを明らかにし、また母性行動に異常が認められることを見出した。現在、嗅神経細胞の運命選択の破綻による嗅覚行動異常がどのように引き起こされるのかを解析するために、上記変異マウス高次脳における嗅覚情報処理の解析を進めている。
2: おおむね順調に進展している
計画1「Bcl11bによる嗅覚受容体クラス選択の分子機構の解明」では、遺伝学的にBcl11bがClass I 嗅覚受容体エンハンサーであるJエレメントに抑制的に作用することを証明し、Bcl11bが結合するゲノム領域を網羅的に同定し、Class I嗅覚受容体遺伝子発現に対する負の抑制効果を知る上で重要な知見を得ることができた。計画2「嗅覚受容体クラス選択が嗅覚行動に及ぼす影響の解明」では、マウスの先天的忌避臭である2-メチル酪酸(2MBA、腐敗臭)とTrimethylthiazoline(TMT、天敵臭)に対する嗅覚行動を解析し、Class I 嗅覚受容体が優位となった鼻を有する変異マウスは2MBAにより強い忌避行動を示す一方、TMTへの忌避は減弱するなど、嗅覚受容体のクラス選択の異常が先天的な嗅覚行動に影響を与えることを明らかにした。また、興味深いことに、Class I 嗅覚受容体が優位となったメスマウスには母性行動に異常がみとめられる可能性があり、今後再現実験によって、これらの行動異常についても明らかにしていく予定である。計画3「嗅覚受容体クラス選択と嗅覚高次中枢の神経回路形成の神経基盤の解明」では、嗅神経細胞の運命選択(クラス選択)の偏りによっておこる嗅覚行動異常が、どのような神経基盤によって起こるのかを明らかにする。昨年度は、嗅覚行動の異常が見られるときに特異的に活性される神経回路の同定を開始した。
計画1「Bcl11bによる嗅覚受容体クラス選択の分子機構の解明」では、Class I型の運命を決めるClass I嗅覚受容体のエンハンサー、Jエレメントの活性化、不活性化の制御機構の解明を進める。特に昨年度Class I嗅覚受容体遺伝子クラスター内のゲノム領域、Jエレメントのゲノム領域内に同定したBcl11bの結合領域の機能解析を予定している。計画2「嗅覚受容体クラス選択が嗅覚行動に及ぼす影響の解明」では、昨年度見出した嗅神経細胞の運命決定異常と母性行動の関連性の研究も新たに進める予定である。具体的には、実験の再現性確認をおこない、さらにClass IではなくClass IIが優位となった鼻を有する変異マウスの行動異常の有無を明らかにする。計画3「嗅覚受容体クラス選択と嗅覚高次中枢の神経回路形成の神経基盤の解明」では、嗅神経細胞の運命選択(クラス選択)の異常、つまり末梢から中枢への感覚入力の変化がが、高次嗅覚神経回路形成に影響を及ぼすかを明らかにする。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件) 備考 (1件)
Communications Biology
巻: 2 ページ: -
10.1038/s42003-019-0536-x
https://www.titech.ac.jp/news/2019/044993.html