研究課題/領域番号 |
19H03264
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
廣田 順二 東京工業大学, 生命理工学院, 教授 (60405339)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 嗅覚 / 嗅覚受容体 / 嗅神経細胞 / 神経分化 / 転写因子 |
研究実績の概要 |
嗅覚受容体は大きく2つのクラス、「魚類から哺乳類に共通」のクラス1と「陸生動物特異的な」クラス2に分類される。嗅神経細胞分化過程においては、どちらのクラスの受容体を発現するかの二者択一的運命決定がなされる。本研究課題では、嗅覚受容体クラス選択を制御する転写因子Bcl11bによるの制御機構の全容を明らかにすることを目的としている。これまで、嗅神経細胞のクラス選択が嗅覚受容体のエンハンサーレベルで制御されていること、またBcl11bがクラス1エンハンサー、Jエレメントの活性を抑制することでクラス2の運命選択を許容することを明らかにした。Bcl11bがどのようにJ エレメントのエンハンサー活性を抑制するのかを明らかにするために、Jエレメントの最小機能領域を絞り込むとともに、ChIP-seqによってBcl11bの結合ゲノム領域を網羅的に同定したが、Bcl11bはJエレメントの機能領域だけでなく、これまでに同定された嗅覚受容体エンハンサーにも結合しないことがわかった。またHi-Cデータを組み合わせた解析からも、Bcl11b結合領域はClass I 嗅覚受容体クラスターには相互作用しないことが示された。これらの結果から、Bcl11bは間接的にJエレメントのエンハンサー活性を抑制していることが示唆された。 一方、嗅覚受容体のクラス選択の異常によって引き起こされる嗅覚行動異常の原因を探る課題においては、変異マウス高次脳における嗅覚情報処理経路の解析を進めた。神経活動を指標とした解析の結果から、嗅上皮腹側で異所的にClass I嗅覚受容体を発現した嗅神経細胞は、嗅球腹側から前嗅核腹側領域を活性化していたことから、少なくとも嗅神経細胞から嗅球・前嗅核までは、嗅神経回路は発現する嗅覚受容体のクラス(種類)ではなく、嗅上皮上の位置によって決まるものであることがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
計画1「Bcl11bによる嗅覚受容体クラス選択の分子機構の解明」では、Class I嗅覚受容体のエンハンサーであるJエレメントの機能領域を320bpまで絞り込みに成功するとともに、必須モチーフ配列を明らかにした。しかしながら、ChIP-seqの結果、Bcl11bは直接Jエレメントの機能領域に作用しないことが明らかになった。またHi-Cデータを用いた統合的解析の結果、Bcl11bが結合するゲノム領域はJエレメントだけでなくClass I嗅覚受容体クラスターに相互作用しないことがわかった。これらの結果からBcl11bと相互作用する転写因子、もしくはBcl11bの下流で働く因子の関与が示唆された。 計画2「嗅覚受容体クラス選択が嗅覚行動に及ぼす影響の解明」についてはほぼ予定通りに研究を進めることができ、この結果を受け、計画3「嗅覚受容体クラス選択と嗅覚高次中枢の神経回路形成の神経基盤の解明」の解析を進め、嗅覚行動の異常が見られるときに特異的に活性される神経回路の同定に加え、蛍光軸索トレーサーを用いた解析を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
計画1「Bcl11bによる嗅覚受容体クラス選択の分子機構の解明」では、Class I嗅覚受容体のエンハンサー、Jエレメントの活性化・不活性化のがまさに嗅神経細胞の二者択一的運命選択を制御していること、さらにはBcl11bが直接的にJエレメントの結合してエンハンサー活性を抑制しないことが明らかとなった。今後、Bcl11bの下流に位置する転写因子やBcl11bと相互作用(複合体を形成)する転写因子の関与を想定し、それらの探索を進めるとともに、エピジェネティックな修飾やヘテロクロマチン化などによるJエレメントの不活性化の機構を想定した解析を進める。 計画2「嗅覚受容体クラス選択が嗅覚行動に及ぼす影響の解明」は、計画通りに終了している。 計画3「嗅覚受容体クラス選択と嗅覚高次中枢の神経回路形成の神経基盤の解明」では、嗅神経細胞の運命選択(クラス選択)の異常、つまり末梢から中枢への感覚入力の変化がが、高次嗅覚神経回路形成に影響を及ぼすかを明らかにし、発現するORに応じて嗅神経回路を形成する「soft-wired」によるものなのか、もしくはOR種類とは無関係なく、嗅神経細胞の位置によって嗅神経回路があらかじめ決まっている「hard-wired」によるものなのかを明らかにする。具体的には、クラス選択に異常が生じたマウスの嗅神経系の活性化パターンの解析が終了し、今後、蛍光軸索トレーサーによる神経回路の可視化をおこなうことで上記の仮説を検証する。
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