嗅覚受容体は大きく2つのクラス、「魚類から哺乳類に共通」のクラス1と「陸生動物特異的な」クラス2に分類される。嗅神経細胞分化過程においては、どちらのクラスの受容体を発現するかの二者択一的運命決定がなされる。本研究課題では、嗅覚受容体クラス選択を制御する転写因子Bcl11bによる制御機構の全容を明らかにすることを目的とし、Bcl11bが嗅神経細胞の運命決定において果たす役割とその分子機構を明らかにした。嗅神経細胞のクラス選択が嗅覚受容体のエンハンサーレベルで制御されていること、またBcl11bがクラス1エンハンサー(Jエレメント)の活性を抑制することでクラス2の運命選択を許容することを明らかにした。さらにBcl11bによるJ エレメントのエンハンサー活性の制御機構を明らかにするために、Jエレメントの最小機能領域を絞り込むとともに、ChIP-seqによってBcl11bの結合ゲノム領域を網羅的に同定した。その結果、Bcl11bはJエレメントを含むいずれの嗅覚受容体エンハンサーにも結合しないことがわかった。またHi-Cデータ解析から、Bcl11b結合DNA領域はClass I 嗅覚受容体クラスターには相互作用しない。これらの結果から、Bcl11bは間接的にJエレメントのエンハンサー活性を抑制しているとっ考えられる。 一方、嗅覚受容体のクラス選択の異常によって引き起こされる嗅覚行動異常の原因を探る課題においては、変異マウス高次脳における嗅覚情報処理経路の解析を進めた。神経活動を指標とした解析の結果から、嗅上皮腹側で異所的にClass I嗅覚受容体を発現した嗅神経細胞は、嗅球腹側から前嗅核腹側領域を活性化していたことから、少なくとも嗅神経細胞から嗅球・前嗅核までは、嗅神経回路は発現する嗅覚受容体のクラス(種類)ではなく、嗅上皮上の位置によって決まるものであることを明らかにした。
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