生物の生活史戦略は、多くの形質が統合されて成立する複雑な形質群である。一方、この生活史戦略は適応度に直接的に影響するため、環境に応じて近縁種/集団間で迅速に分化する。このことは、多形質を同時並行的に変化させ、生活史戦略を劇的に変える原因変異が存在することを示唆しているが、このような原因変異の同定や、それらの各変異の生理的機能や適応度への貢献度、また変異の起源や動態の検証は進んでいなかった。そこで、本研究では、集団間で異なる季節性生活史を複数進化させてきたトゲウオ科イトヨを用いて、これらを解明した。まず、私たちが近年、淡水進出したイトヨで複数回独立に季節性繁殖の進化に寄与することを明らかにした甲状腺刺激ホルモンTSHb2について、その応答性の変化をもたらす遺伝子座(TSHb2 eQTL)が、繁殖形質や成長形質、それらを司るホルモン動態の変化にもたらす効果を定量化した。この結果、シス制御領域の変化により、このTSHb2の応答性の進化が生じている北米集団では、TSHb2 eQTLが、オスでは性ステロイドホルモン、精巣発達、腎臓発達の違いに、メスでは卵巣発達、肝臓発達、筋肉の発達の違いに、多面的に寄与することが分かった。このシス変異は潜性であり、北米の複数の淡水集団に共有されていた。一方で、トランス因子の変異によってTSHb2 の応答性の進化が生じている日本集団では、その直接的な貢献が精巣発達に見られた。このトランス変異は顕性であり、他集団との遺伝的交流がない日本の淡水集団で、新規変異として固定されやすかったと考えられた。更に、短日条件下の海型の下垂体の一細胞RNAシークエンスから、TSHb2発現細胞は各ホルモン産生細胞クラスター内に少数ずつ散在することが分かった。これは、TSHb2が各ホルモンの司令塔として機能することで、季節性生活史の進化のハブ機能を果たしたことを示唆している。
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