研究課題/領域番号 |
19H03293
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
奥崎 穣 北海道大学, 北方生物圏フィールド科学センター, 学術研究員 (40725785)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 寄生バエ / 送粉者 / オサムシ / 高山生態系 / DNAバーコーディング |
研究実績の概要 |
高山環境において徘徊性昆虫オサムシを宿主とする寄生バエの送粉効果を明らかにする.高緯度・高標高地域のような寒冷な環境では,生活史(特に繁殖期間)の短いハエ類の成虫が主要な送粉者となるが,その幼虫の生態はほとんど明らかになっていない. ヤドリバエ科はハエ類のなかで最も種多様性の高いグループであり,すべての種は幼虫期に他の動物(主に昆虫)の体内で生育する寄生バエである.一方で,ヤドリバエ科の成虫は高緯度・高標高における代表的な訪花性昆虫である.このヤドリバエ科の幼虫が,北海道ではオサムシ類の体内に寄生していることが確認されている.オサムシは高山環境であっても個体数が多く,相当数のヤドリバエ科の成虫を環境中に供給していると見込まれる.捕食性昆虫であるオサムシの寄生バエが送粉者として機能するのであれば,高山生態系は植物の一次生産によってボトムアップ的に維持されているのではなく,異なる機能群(生産者,植食者,捕食者,寄生者兼送粉者)の生態学的な需要と供給が種間相互作用によって循環することで成り立っているということになる. そこで本研究では,訪花性バエのモニタリング,寄生バエ幼虫のDNAバーコーディング,そしてオサムシの寄生バエの訪花選好性や結実量に与える影響を調査する.本研究によって高山生物群集の環境変化に対する安定性を評価できるようになり,高山環境における生態系サービスや保全活動に新たな指針を示すことができると期待される.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
どのハエ類がどの花にいつ,どのくらい訪れているのかを調査した.低標高でも高山的な環境が形成され,オサムシへのヤドリバエ科の寄生が確認されている北海道大学天塩研究林の蛇紋岩地帯にて,雪がなく,花が咲いている6月から8月までの3カ月間,2週間ごとに同日の午前10時と午後2時に1回ずつ決まったルート(1.5 km)を歩き,花にいるハエ類を捕虫網で捕獲した.調査期間を通して,花を咲かせていた主要な植物はオオハナウドをはじめとするセリ科植物であり,そこから多くのハエ類が採集された.採集されたハエ類の多くは形態からハナアブ科と判定されたが,中にはヤドリバエ科と思われる個体も採集された.今後,採集されたハエ類のDNAバーコーディングを行い,これまでの調査でオサムシの体内から得られたヤドリバエ科の幼虫のDNA塩基配列と照合することで,オサムシの寄生バエ成虫の訪花傾向を明らかにする. この調査と並行して,同じルートにピットフォールトラップを1日設置して,オサムシを含めた徘徊性昆虫を採集した.今後,これらの昆虫の解剖を行い,高山的環境に生息する昆虫の中でも,大型で個体数の多いオサムシが寄生バエの主要な宿主となっていることを確認する. 加えて,寄生バエのオサムシへの寄生率と植生環境の関係を明らかにするために,北海道各地でオサムシを採集した.こちらもオサムシが大量に採集されたため,まだ解剖が終了していないが,樹木が乏しく,草本(花資源)が豊富な高山的環境で寄生率が高まると予想される.
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今後の研究の推進方策 |
本研究で第一に達成されるべきことは,オサムシの寄生バエの成虫を捕獲することである.捕獲に成功し,形態を記載することができれば,それによりオサムシの寄生バエの送粉行動が観察可能になるためである. 残念ながら,本年度の調査地(天塩研究林の蛇紋岩地帯)と採集方法(捕虫網)ではヤドリバエ科は効率的に採集されなかった.その改善策として,まず調査地を変えるのが有効と考えられる.渡島半島南部にある大千軒岳は山頂一帯が高山植物群落で覆われており,ヤドリバエによるオサムシへの寄生率も高い.来年度以降,大千軒岳でも本年度と同様の調査を行っていきたいと考えている.しかし,研究代表者が令和2年4月に北海道大学から東京大学に異動したため,調査環境の整備されていない北海道の山奥に頻繁に通うことは困難かもしれない.一方,昆虫の専門家(北海道大学博物館の大原教授)から,訪花性のヤドリバエ科成虫の採集にはハチミツによる誘因が有効であるという情報を入手した.来年度以降は調査手法をハチミツを誘引剤としたトラップに変更して,宿泊設備のある天塩研究林でハエ類を採集することで,オサムシを宿主とする寄生バエの採集を試みる.また異動により北海道での長期的な野外調査ができなくなった分,採集済みのサンプルの解剖,計測,分子系統解析を行い,研究成果のアウトプットに力を入れていく.
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