高緯度・高標高地域のような寒冷な環境では,ハチ類のようなコロニー形成の時間を必要としないハエ類の成虫が主要な送粉者となるが,その幼虫の生態はほとんど明らかになっていない. ヤドリバエ科は幼虫期に他の動物(主に昆虫)の体内で生育する寄生バエでありながら,成虫期に花粉や花蜜を餌とする訪花性昆虫である.このヤドリバエ科の幼虫が,北海道では徘徊性の甲虫オサムシ属(以下オサムシ)の体内に寄生していることが確認されている. 捕食性昆虫であるオサムシの寄生バエが送粉者として機能するのであれば,高山生態系は植物の一次生産によってボトムアップ的に維持されているのではなく,異なる機能群(生産者,植食者,捕食者,寄生者兼送粉者)の生態学的な需要と供給が種間相互作用によって循環することで成り立っているということになる.また,もしそうであるならば,ヤドリバエ科のオサムシへの寄生率は花資源量が豊富な植生環境(高山帯など)で高まるはずである. これまでの調査で,北海道において高山環境を含め様々な植生から構成される57地点から6745個体のオサムシを採集し,そのうち107個体の体外と体内から520個体の寄生者(卵,幼虫,蛹,死骸)を入手した.それらの寄生者でDNAバーコーディングを行ったところ,3種が確認され,その多くはハエ目ヤドリバエ科のZaira cinereaであった. オサムシへの寄生率は高山帯に加え,蛇紋岩地帯,橄欖岩地帯といった樹木が乏しく,草花は優占する環境で高まる傾向が見られた.調査地点の1つである北海道大学天塩研究林の蛇紋岩地帯では,訪花性昆虫群集の採集を行っており,今後それらの種同定を行い,Zaira cinereaの訪花傾向を明らかにする.
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