研究課題/領域番号 |
19H03306
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
幸田 正典 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 教授 (70192052)
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研究分担者 |
太田 和孝 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 博士奨励研究員 (50527900)
安房田 智司 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 准教授 (60569002)
高橋 鉄美 兵庫県立大学, 自然・環境科学研究所, 教授 (70432359)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 比較認知科学 / 社会認知 / 協同繁殖 / ヘルパー / 社会認知 / 古典的動物行動学 / トゲウオ / 顔認知 |
研究実績の概要 |
2020年度はコロナウィルスのため、予定していたアフリカ、タンガニイカ湖での現地での野外調査は実施できなかった。そのため、初年度に得られていた協同繁殖魚のメーリーやマルチの行動資料の解析を集中的に行い、それぞれの種の協同繁殖の特徴を明らかにした。また、2019年度の調査で持ち帰った、標本、DNA資料の解析からの血縁判定を実施した。その結果、これら2種は共に血縁ヘルパーを伴う協同繁殖であること、またメーリー、マルチ共に分散は雌がより遠くへ移動し、雄は出生縄張り近くにとどまるという、鳥類型の分散タイプであることが示された。 持ち帰えった個体および国内で業者から購入したタンガニイカ湖魚類であるサボリを半自然状態で飼育し、それを観察することでヘルパーの手伝い行動の実態を解明する研究を行った。ここでは手伝い行動をさせない操作実験を行い、その場合、単なる攻撃ではなく、罰として機能する攻撃が確認された。その他、プルチャーなどを用いた、顔認知を始め視線追従などの能力も複数種で解明された。 さらに、熱帯水域の魚類の高い認知能力に比べ、冷帯や寒冷帯の魚類は認知研究が少ない。例えば、鍵刺激で知られるイトヨは古典的動物行動学のモデル生物であるが、認知的研究はほとんどなされていない。これらトゲウオの仲間が、本能的に行動するものなのか、認知能力が少ないのか、あるいは十分な研究がなされてないだけなのか、その解明は重要である。そこで、冷帯の魚類の飼育実験室を用いることを視野に入れ立ち上げ、2020年度から実験を実施した。まずはイトヨを対象に顔認識について調べたところ、熱帯水域のカワスズメ類と遜色なくできることが明らかになった。 このことは、トゲウオ類も、高い認知能力があることを示している。この結果は、従来の行動の生得的解発機構での鍵刺激を見直すことが必要であることを示している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度は2019年に持ち帰ったサンプル、標本、行動資料の解析を集中的に行ない、メーリー、マルチの協同繁殖に関する基礎的生態について、論文原稿の段階まで進めることができた。これにより砂地に生息する魚類の協同繁殖の特徴が浮き彫りにできた。また、鳥型の分散様式の発見も意義深い。 魚類の協同繁殖は、これまで岩場で生息する魚種に限られており、事実上完全な砂地で繁殖する魚種での協同繁殖の実態ははじめて明らかにされた。砂底域の生態的特徴は、隠れ家の絶対的な不足と、高い捕食圧である。メーリーは砂底に直径で30-60cmほどのクレーター状の巣穴を砂を掘り返し作っている。これにより、砂に埋もれた貝殻が、巣内に多数露出しており、ここで繁殖がなされる。このクレーターが砂底域での共同繁殖に貢献している。 また、大型水槽を設置し半自然状態での魚類行動観察を行うことができた。また、仮説検証型の実験を複数テーマで実施でき、成果が上がってきている。ここでは罰の存在、視点追従など、魚類ではじめて認められる、認知的社会行動が確認された。 また、熱帯水域魚類の高い認知との比較を、寒冷帯魚類の代表としてトゲウオ で実施した。本能行動がよく知られているトゲウオ も、熱帯水域の魚類と変わらないほどの高い認知能力を持つことが示された。この成果は、トゲウオ類を対象とした比較認知科学研究が十分に価値のあることを示すものである。世界的にもほぼ例のない、トゲウオ類での認知研究は、来年度やそれ以降の展開を示唆するものであり、大きな成果が得られたと考えられる。 実際には、縄張り形成後、隣人に寛容になる「Dear Enemy効果」が確認され、そこでは顔に基づく個体識別が検証された。これは、他のスズキ目魚類などと何ら遜色ない。この研究成果は、これまでの古典的動物行動学の再評価のきっかけになりうるものである。その意味で大変意義深い。
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今後の研究の推進方策 |
来年度も、現地から持ち帰っている未解析の行動資料、ビデオ、サンプルの解析を行い、成果を順次まとめる。また、大型飼育水槽での半自然状態の水槽での詳細な行動観察および解析を進めていく。また、実験水槽の数を増やし、詳細な行動観察から、これまで世界中の研究者も取り上げていなかった、水槽ならではの観察を展開する。野外ではどうしても、観察精度に甘さが出る。こうして得られる成果は、単に精度が細かくなるだけでなく、質的な違いの評価につながる。魚類の個体間関係の詳細な研究は、質的にもこれまでにない、例えば、攻撃と罰の違いの研究などへと発展する。この精密なビデオ撮影から始めたい。 さらに、新たに設けた寒冷域魚類実験室で、寒冷水の魚類の認知科学研究を展開したい。対象魚類は、トゲウオ科魚類、アユ、サケ科魚類である。特にトゲウオのオスの赤い腹は現在でも鍵刺激として有名であるが、そのような概念の使用が良いのかどうかも含め、認知研究の視点も合わせ、広い視野を持って大きく展開していきたい。このトゲウオの行動や認知研究は、当初予定はしていない研究計画であるが、このように展開することで、スズキ目魚類の社会認知の高さを、それ以外の分類群、あるいは種多様性の低い生息地の魚類などと、一気に展開していくことができる。この研究は本課題研究の本来の目的である社会構造の複雑さと、社会的認知能力の関係について、その理解をさらに大きく発展させることができる。 具体的には、イトヨを飼育実験し、鍵刺激について再評価する実験系を組む。顔の識別から、個体識別までできるイトヨが、粘土の塊の下半分を赤く塗ったモデルを同種雄と見なすとは、考えられない。この辺りの、種認識、個体識別と攻撃行動に関して、再研究を行う。また、キュウリウオ科のアユが顔で個体識別しているとは、まず思われていないが、我々はアユの顔認知と個体識別能力も解明していく。
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