研究課題
◆Setd1a+/-マウスの表現型解析において、令和元年度は、神経細胞軸索の分岐数減少やスパインの減少等の解剖学的接続性や皮質アンサンブルの混乱等の機能的接続性に関する表現系を見出し、その認知行動試験では、患者と共通する認知機能の核である作業記憶の欠失を明らかにした。作業記憶の障害に対する治療薬の探索のために、軸索分岐数をイメージ解析する1次スクリーニング法を開発し、Setd1a酵素活性に拮抗するヒストン脱メチル化酵素LSD1阻害薬ORY-1001が、軸索分岐を正常に戻すことを発見した。ORY-1001を3週間Setd1a+/-マウスに投与したところ、Setd1a+/-マウスの作業記憶障害は完全に回復し、治療の難しい統合失調症の認知機能障害の治療薬開発への道が開かれた(1)。◆コロンビア大学Yusteらとの共同研究で、Setd1a+/-マウスの2光子顕微鏡によるカルシウムイメージングによって、感覚刺激による皮質神経細胞のアンサンブルの低下を見出し、統合失調症患者と共通する感覚処理機能障害を明らかにした(2)。これらの成果を国際学術雑誌2報に発表した。(1)Mukai, J., et al., Recapitulation and reversal of schizophrenia-related phenotypes in Setd1a-deficient mice. Neuron. 104: 471-.487, 2019. PMID:31606247(2)Hamm, J.P., Mukai, J., et al., Aberrant cortical ensembles and schizophrenia-like sensory phenotypes in Setd1a mice. Biol. Psychiatry, in press. PMID:32143831
2: おおむね順調に進展している
当初令和元年度までに計画した研究内容について概ね順調に進行し、ほぼ満足できる結果を得た。「2. 異なる発達段階での、TAM誘導性Setd1a発現の復元によるレスキュー実験」、「3. Setd1aと協調する転写因子の探索」、及び「4. Setd1a酵素活性と拮抗するリジン脱メチル化酵素の同定と、その阻害剤の探索」では、各発達段階での作業記憶のTAM誘導性レスキュー実験を行い、作業記憶に関連するSetd1a標的遺伝子・下流遺伝子を絞り込んだ。Setd1aと協調する転写因子はMef2の機能を中心に解析し、さらに複数の転写因子をスクリーニング中である。またLSD1阻害薬が、作業記憶欠失を改善することを発見し、まだ実用化されていない統合失調症の認知機能障害の治療薬開発への道が開かれた。「1. コンディショナルノックアウトマウスcSetd1a+/-の作製と作業記憶の解析」は、一部ノックアウトマウスの繁殖が悪く、当初予定していた実験を終了できなかったため、引き続き十分なコロニーを形成した後、解析を続ける。また、本研究を遂行する過程で、感覚刺激による皮質神経細胞のアンサンブルの低下を見出し、統合失調症患者と共通する感覚処理機能障害を明らかにした。このアンサンブルの崩壊は統合失調症の定義的な側面であり、疾患に関する多様な病因経路に共通の下流収束点を示すなど、新たな研究の発展がみられている点も重要であり、今後の発展が大いに期待できる。成果発表に関しては、令和元年度にNeuron誌とBiological Psychiatry誌(電子版)に発表し、現在解析中のその他の成果についても解析終了とともに論文発表していく予定であり、以上から、全体としてみれば、概ね順調に進展していると自己評価する。
◆統合失調症の作業記憶障害を改善する薬剤はまだ実用化されていない。令和元年度には、LSD1阻害薬以外にも、レスキュー効果を示すJmjC domain KDMアイソフォーム阻害薬を見出したが、高度に選択性の高いLSD1阻害薬とは異なり、未だアイソフォーム間のセレクティビティの低いJmjC domain KDM阻害薬は、新規化合物の開発に挑戦する意義があり、特許取得の可能性が高い。令和2年度には、これら候補薬の解析をさらに進める予定である。◆令和元年度に、Setd1aの標的遺伝子を絞り込んだが、Setd1aは錐体神経細胞ゲノムのエンハンサー領域に結合し、進化的に保存された結合エンハンサーは精神疾患のリスク遺伝子に重なり、一様でない異常な発現を示した。Mef2等の転写因子との協調に関して理解を深めるとともに、Setd1a+/-マウスにおけるH3K4メチル化依存的なクロマチントポロジーの構造と機能の調査は、転写調節メカニズムの理解に良いモデルになると考え、Hi-C等による解析を推進する。◆令和元年度に明らかにしたSetd1a+/-マウスの感覚刺激による皮質アンサンブルの低下は、活動依存性転写プログラムがネットワーク内の感覚経験・認知行動関連ニューロンのアンサンブルの出現と、調節にどのように寄与するのか、アンサンブルダイナミクスが様々な感覚経験や学習行動の基礎をどのように形成するのかを調査する良いモデルになると考え、令和2年度以降に、カルシムイメージングと光遺伝学を利用して、認知、感覚経験における神経活動依存的なクロマチン構造の変化を伴う転写プログラムが、特定ニューロンのアンサンブルの出現と調節にどのように関与し、行動の適応の基礎を形成するのか、また統合失調症ではそれらがどのように破綻するのかを明らかにしたい。
すべて 2020 2019 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 2件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (1件) 備考 (2件)
Biological Psychiatry
巻: - ページ: -
10.1016/j.biopsych.2020.01.004
Neuron
巻: 104 ページ: 471-487
10.1016/j.neuron.2019.09.014
http://www.tsukuba.ac.jp/attention-research/p201910101400a.html
https://www.nih.gov/news-events/news-releases/schizophrenia-risk-gene-linked-cognitive-deficits-mice