研究課題
本年度は、タンパク質の糖鎖修飾の特異性を決定する分子機構の解明に向けて、糖タンパク質の細胞内輸送と糖鎖修飾の関連性について研究を進めた。具体的には、血液凝固因子欠損症の原因遺伝子産物である積荷受容体ERGIC-53/MCFD2の複合体が担う、血液凝固第V・第VIII因子の細胞内輸送機構に着目した。NMR解析の結果、MCFD2は第Ⅷ因子中のアミノ酸10残基からなるアミノ酸配列を特異的に認識していることが判った。この配列を取り除くと第Ⅷ因子の分泌量が著しく低下することから、この配列はMCFD2が第Ⅷ因子を効率的に運ぶための目印として機能していることを突き止めた。また、この配列をエリスロポエチンなどのモデル糖タンパク質に組み込み、その蛍光イメージングを行うことで、配列導入が細胞内輸送に及ぼす効果を定量評価した。その結果、それらの糖タンパク質の細胞内の輸送効率が向上し、分泌量が2-3倍も上昇することが明らかになった。さらに興味深いことに、本配列を組み込んだ糖タンパク質のシアル酸修飾様式が野生型のものと比較して劇的に変化することが見出された。この結果は、本研究で見出されたアミノ酸配列が、細胞内の積荷糖タンパク質の輸送経路における“パスポート”として働いていることを示している。また、特定の糖鎖修飾を担う糖転移酵素と糖タンパク質の細胞内の会合機会の有無が規定されることにより、タンパク質の糖鎖修飾の特異性を決定されるという新たな分子機構が存在する可能性が見えてきた。
2: おおむね順調に進展している
本年度に達成した重要な成果(細胞内の物流を促す分子のパスポートを利用したバイオ医薬品の生産向上)は、2020年の3月に論文公表している [Yagi et al. (2020) Nature Commun. 11, 1368]。以上の成果を総合的に判断しておおむね順調に研究は進展しているものと判断している。
α-ジストログリカン(αDG)は神経系において、神経細胞の移動に関与しており、脳形成において重要な役割を担っている。興味深いことに、αDG上に発現しているラミニン結合性を有する糖鎖は、他のタンパク質上での発現は殆ど起こっていないことが知られている。すなわち、ラミニン結合性糖鎖合成において、タンパク質特異的な糖鎖修飾を制御する分子メカニズムが存在している可能性が考えられるが、その詳細は全くと言って明らかにされていない。ラミニン結合性糖鎖の還元末端にあたるO-マンノース修飾は、αDG上に複数箇所認められることから、Man残基に続くGlcNAc残基の付加を担うAGO61がタンパク質特異的な糖鎖修飾の分子実体である可能性が高い。とりわけ、AGO61はαDGのポリペプチド部分ではなく、ペプチド上に提示される複数のマンノース残基を認識している可能性も想定される。そこで本研究では、AGO61に焦点をおき、その分子の複合体の立体構造解析を行う。具体的には、AGO61とO-Man修飾αDGペプチドの複合体のX線結晶構造解析を実施する。O-Man修飾を受けた糖ペプチド(10-25残基、最大6箇所のモノO-Man修飾)は、これまでに我々の研究室で樹立してきたAGO61/POMGnT1ノックアウト細胞を用いた糖タンパク質・糖ペプチド発現系により大量調製し、立体構造解析実験に供する計画である。なお、同位体シフトを利用したNMR法、飽和移動NMR法などによりAGO61と糖ペプチドの相互作用解析を行い、そこで十分な実現可能性を見出した上で、結晶化実験を進める。
すべて 2020
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)
Nat Commun
巻: 11 ページ: 1368
10.1038/s41467-020-15192-1