研究課題
本邦における潰瘍性大腸炎(UC)の患者数は年々増加傾向にあり,早急な対応が求められている疾患の1つである.障害を受けた腸管上皮の再生は,陰窩底部に存在する幹細胞による細胞供給によって促されるが,UC患者の腸管では,慢性的な炎症により腸管幹細胞自体が障害を受けているため,上皮組織の再生が不十分となり発症すると考えられている.そこで本課題研究は,幹細胞を制御する微小環境(幹細胞ニッチ)に着目し,上皮組織の再生過程における幹細胞ニッチの分子基盤を理解することを目的とし遂行した.まず初めに我々は,炎症障害によって破壊された大腸幹細胞微小環境の再構築過程の時空間的解析を行った.本課題研究において,我々は成体雄マウスに自由引水法により2%のデキストラン硫酸塩(DSS)を摂取させ,大腸特異的に炎症障害を誘発させることにした.この時,マウスの遺伝背景,性別,週齢,飼育環境や給餌を厳密にコントロールすることで,安定して同程度の大腸炎を誘発する実験系を確立した.腸炎に関しては,毎日の体重変化や糞便状態を観察するとともに,サンプリング時の大腸上皮の形態を組織学的に判断することで,大腸の炎症程度ををスコア化することに成功した.さらに再生過程における,Lgr5(幹細胞マーカー)とReg4(ニッチ細胞マーカー)の発現を時空間的に解析したところ,DSS終了時から4-7日後あたりでLgr5とReg4陽性細胞が再出現することが分かった.以上の結果から,マウス大腸上皮の再生過程は,(1) 炎症障害期,(2)幹細胞微小環境の再構築期,(3)再生過程安定期,の3つのフェーズに分類されることが分かった.さらに幹細胞の維持に重要であるReg4陽性ニッチ細胞を薬剤注射依存的に除去可能な遺伝子改変マウスを用いて,大腸上皮再生時にReg4陽性細胞を除去し続けた結果,コントロールと比較して,再生過程に遅延が観察された.
2: おおむね順調に進展している
本課題は,これまでの粘膜免疫細胞を標的としたUC治療法の開発研究とは異なり,上皮幹細胞を直接標的にしている.本課題研究の初年度は,炎症障害を受けたマウス大腸における幹細胞微小環境の時空間的解析を行った.RNA1分子の検出を可能にする高感度RNA in situ hybridyzation法を利用しながら,炎症障害から回復する際の幹細胞微小環境における詳細な幹細胞やニッチ細胞の観察を行ったところ,再生過程における大腸幹細胞ダイナミクスの時空間的な追跡を行うことができた.また該当年度において,我々はReg4陽性細胞が存在しない大腸上皮は再生過程に遅延が生じるという予備的知見を得ることに成功した.本研究は,大腸幹細胞の恒常性維持に必須なReg4陽性のdeep crypt secretory細胞が,炎症障害から上皮が再生する過程においても重要であるという仮説のもと遂行している.そのため,この結果は,我々の仮説を裏付ける重要なデータである.さらに研究協力者の佐藤俊朗教授(慶應大・オルガノイド 医学)らによって,従来のオルガノイド 培地の適正化を図ることで,UC患者の大腸検体からもオルガノイドが効率的に樹立されるようになった. そこで本課題研究においても,ヒト正常大腸上皮,およびUC患者由来炎症性上皮オルガノイドを利用して研究を推進することが可能になった.以上のことから,本年度において設定していたマイルストーンは全て達成しており,次年度につながる成果を得ることができていることから,本研究はおおむね順調に進展していると考えられる.
前年度に引き続き,遺伝子改変マウスを用いてDSS誘導型大腸炎からの上皮再生過程に関するin vivo研究を遂行する.今後は炎症障害を受けた大腸上皮の再生過程における幹細胞,およびニッチ細胞で観察されるシグナル経路変化について,生化学的手法や分子生物学的手法を用いた解析を推進していく.これまでの研究成果により,再生過程における幹細胞やニッチ細胞の発現動態を明らかにすることができた.そこで,この上皮細胞再生過程において,幹細胞微小環境が再構築過程におけるReg4陽性幹細胞の機能や幹細胞で起こっている遺伝子変化の理解を目指す.得られた知見から,障害から腸管上皮が再生する過程における Reg4陽性ニッチ細胞依存的な重要なシグナル伝達経路のあぶり出しを行う.また,研究協力者の佐藤教授らは,引き続きUC患者臨床検体由来サンプルからのオルガノイド樹立を実施し,ヒトUCオルガノイドライブラリーを作成する予定である.そこで,この樹立されたUCオルガノイドバンクを利用して,炎症障害を受けたヒト腸管上皮細胞の形質変化を調べることで,マウスモデル実験から得られた知見と比較解析を行う.
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