研究課題
我々の研究グループは、大腸がん発生に関与する4種類のドライバー遺伝子、Apc、Kras、Tgfbr2、Trp53の全てに、ヒト大腸がんで認められるのと同じ型の変異を導入したマウスを交配により作製し、腸管に発生した腫瘍組織からオルガノイドを樹立した(以下、AKTP細胞)。AKTP細胞は、脾臓移植あるいは門脈注射により肝転移させる事が出来る。このモデルでは、免疫反応の正常なC57BL/6への移植が可能であり、ヒト大腸がん転移巣と類似した、線維芽細胞の増殖による間質増生と、マクロファージやリンパ球浸潤による炎症性微小環境形成が認められるため、宿主反応の研究に適している。本研究では、このモデルを用いて、転移形成における宿主反応の関与について、関連遺伝子欠損マウスを用いた移植実験による検討を実施している。これまでにAKTP細胞をPGE2受容体のEP4、Toll様受容体のTLR2/4、およびその細胞内エフェクターMyD88遺伝子欠損マウスの脾臓または門脈へ移植した実験を実施した。その結果、宿主側のCOX-2/PGE2/EP4経路が転移巣形成に関与している可能性が示唆された。また、線維性微小環境に関与するTGFβシグナルが悪性化進展に関与する可能性が考えられ、宿主側のTgfbr2を欠損したマウスにAKTP細胞を脾臓移植した結果、転移巣形成は著しく抑制され、転移促進における宿主側Tgf-βシグナルの重要性が考えられた。
2: おおむね順調に進展している
炎症性微小環境に重要な転写因子である、NFkB(p65)、及びStat3の遺伝子欠損マウスに、ヒト大腸がんで認められるのと同じドライバー遺伝子変異を導入したAKTP細胞を脾臓移植した結果、転移巣形成に優位な変化は認められず、従来想定されたNFkBやStat3を介した炎症性シグナルは転移形成に重要な役割を果たしていないと考えられた。また、自然免疫に重要な経路である、Toll様受容体のTLR2/4の遺伝子欠損マウスに、同様にAKTP細胞を脾臓移植した結果、Myd88遺伝子欠損マウスでは、肝転移巣形成が抑制されなかったが、TLR2/4欠損マウスでは腫瘍形成が顕著に抑制された。この結果から、Myd88を介さないTLR2/4シグナル関与が考えられたため、さらにマウスの個体の数を増やした検証実験が必要と考えられた。一方、PGE2受容体の一つであるEP4遺伝子を欠損したマウスに移植実験を行なった結果、有意に肝転移巣形成の抑制が認められた。COX-2/PGE2/EP4経路は大腸がんや胃がん発生に重要な経路であり、消化器がん予防の標的経路として確立しているが、転移巣形成における役割についての知見はまだ少ないため、さらにメカニズムの検討が必要である。さらに、線維性微小環境形成に重要であると考えられているTGFβ経路を宿主側のTgfbr2遺伝子欠損によりで遮断すると、最も有意に転移巣形成が抑制された。このことから、線維性微小環境形成は転移形成に非常に重要な役割を担っていると考えられた。
令和2年度は、昨年度の結果から得られた知見を基に、大腸がん肝転移巣形成における宿主反応の役割を明らかにするため、以下の計画を実行する。(1)自然免疫反応による転移巣形成における役割について、TLR2/4遺伝子ダブル欠損マウスの個体数を増やし、AKTP細胞の脾臓移植による解析を実施する。特に移植後の経時的な組織学的観察を行い、AKTP細胞が、肝臓血管内に到達し、生存、血管外浸潤のどの過程が抑制されているか明らかにする。(2)COX-2/PGE2/EP4経路も転移巣形成に重要である可能性が示されたため、(1)と同様の経時的な組織学的観察を実施する。さらに、宿主側のEP4遺伝子欠損は、コンディショナル型変異のため、Tamoxifenの投与のタイミングを移植後1週間、2週間、3週間と変化させて、腫瘍細胞の血管外浸潤に重要なのか、肝臓へ転移巣が生着した後の生存に重要なのか、その後の増殖に重要なのか、について病理学的および免疫組織学的解析を行う。(3)TGFβシグナルは線維性微小環境形成に重要であることが報告されている。昨年度の結果より、宿主側のTGFβ受容体が欠損すると、肝臓への転移能は著しく抑制されたことから、転移巣形成線維性微小環境形成が重要な因子と考えられた。また、転移したAKTP細胞に由来するTGF-βの役割を明らかにするため、今年度は、CRISPR/Cas9でAKTP細胞のTGFβ遺伝子を欠損させた細胞(AKTP-TgfbKO)を作成し、移植実験を実施して、線維性微小環境形成及び転移巣形成について解析を行う。
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すべて 雑誌論文 (6件) (うち国際共著 4件、 査読あり 6件、 オープンアクセス 5件) 学会発表 (1件) (うち国際学会 1件)
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