研究課題/領域番号 |
19H03505
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
村井 純子 慶應義塾大学, 政策・メディア研究科(藤沢), 特任准教授 (60532603)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | SLFN11 / 複製ストレス / 薬剤耐性 / MYC / がん抑制遺伝子 / クロマチン / プラチナ感受性 / DNAダメージ |
研究実績の概要 |
DNA複製の異常(複製ストレス)を抑制する機能をもつSLFN11についての機能解析を行なった。がん遺伝子MYC高発現SLFN11低発現のバーキットリンパ腫細胞株において、薬剤によるSLFN11発現誘導により細胞死が起こった。逆にMYC低発現SLFN11高発現のバーキットリンパ腫細胞株にMYCの発現を誘導すると細胞死が起こった。どちらの場合もSLFN11をノックアウトした株では細胞死が起こらなかったことから、バーキットリンパ腫細胞株ではSLFN11とMYCが共発現できない、つまりがん遺伝子MYCの過剰発現細胞をSLFN11は選択的に排除できると考えられた。一方臨床検体では、正常組織に比べてがん組織でSLFN11の発現が高まるケースが多々あり、SLFN11を単純ながん抑制遺伝子として考えるのは難しいことがわかった。アメリカ国立衛生研究所との共同研究で、SLFN11が複製ストレス存在下において、クロマチン構造を変化させ、最初期遺伝子と呼ばれる免疫やストレス応答に関する遺伝子の発現を高めることがわかった。また国内多施設との共同研究により、SLFN11がいくつかのがん種において、プラチナ製剤の感受性予測マーカーになることが明らかになってきた。SLFN11が正常組織およびがん化の過程で、どのような機能を持つかを、SLFN11のトランスジェニックマウスを作成して解析する予定であったが、予備実験においてヒトのSLFN11がマウスの培養細胞では機能しなかったため、この計画は頓挫中である。SLFN11の再活性化は抗がん剤の感受性を高めるので、SLFN11活性化作用をもつケミカルの同定を行うべく、ドラッグスクリーニングのためのアッセィ系を構築している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
SLFN11にがん抑制遺伝子としての機能があるかを、複製ストレスを惹起することが知られているがん遺伝子MYCの過剰発現がドライバーとなって発症するバーキットリンパ腫(BL)由来の細胞株について、SLFN11とMYCの共発現が細胞生存に及ぼす影響を検討した。結果、MYC高発現SLFN11低発現のBL細胞株Sultan, Ramosにおいて、薬剤によるSLFN11発現誘導により細胞死が起こった。逆にMYC低発現SLFN11高発現のBL細胞株Tree92にMYCの発現を誘導すると細胞死が起こった。どちらの場合もSLFN11をノックアウトした株では細胞死が起こらなかったことから、BL細胞株ではSLFN11とMYCが共発現できない、つまりがん遺伝子MYCの過剰発現細胞をSLFN11は選択的に排除できると考えられた。個体レベルのSLFN11機能解析のためにマウスモデルを構築するために、マウス細胞においてヒトSLFN11が機能するかを細胞レベルで検討した。結果、マウス由来リンパ球細胞A20を用いて、tetracycline誘導性にヒトSLFN11を高発現する細胞株を作成したが、これらの株はDNA障害型抗がん剤に高感受性とならなかった。少なくともこの細胞株では、ヒトSLFN11が機能しないと結論づけた。ヒト正常Tリンパ球におけるSLFN11の発現レベルと発現制御を、正常ヒト末梢血単核細胞を用いて検討した。ヒト抹消Tリンパ球は非増殖刺激下では、SLFN11の発現を認めなかったが、IL2刺激により発現が上昇した。マクロファージは非増殖刺激下でもSLFN11を高発現していた。実臨床において、SLFN11の抗がん剤効果予測バイオマーカーとしての有用性を検討するために、複数施設との共同研究で、SLFN11の発現レベルとDNA障害型抗がん剤を含む抗がん治療成績との相関関係を検討した。
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今後の研究の推進方策 |
前年度までの研究で、SLFN11がクロマチン構造を変化させ、最初期遺伝子と呼ばれる免疫やストレス応答に関する遺伝子の発現を高めることがわかった(Murai et al., Cell Rep. 2020)。また多施設との共同研究により、SLFN11がいくつかのがん種において、プラチナ製剤の感受性予測マーカーになることが明らかになってきた(複数の論文を共著者として投稿中)。また、SLFN11とある種のがん遺伝子とは共存できないことがわかってきたので、SLFN11ががん抑制遺伝子として機能すると言えそうだ。一方で、正常に比べてがん細胞でSLFN11の発現が高まるケースが多々あり、SLFN11を単純ながん抑制遺伝子として考えるのは難しいことがわかった。本年度はこのような結果を踏まえ、SLFN11が正常組織およびがん化の過程で、どのような機能を持つかを、SLFN11のトランスジェニックマウスを作成して、解析する。残念ながら、予備実験においてヒトのSLFN11がマウスの培養細胞では機能しなかったので、様々に工夫を凝らす必要がある。ヒトの数百キロbpの領域をマウス胚に導入することや、SLFN11のパートナータンパク質を同時に打ち込むことを考え、予備実験を進めている。抗がん剤投与下における生体反応には、殺腫瘍効果はもとより、正常細胞へのダメージによる骨髄抑止、脱毛、消化管障害がある。マウスモデルを作成することにより、正常細胞におけるSLFN11の役割を明らかにし、不利に働いている場合はSLFN11を抑制する手法(阻害剤の開発など)を開発する。一方、SLFN11の再活性化は抗がん剤の感受性を高めるので、SLFN11活性化作用をもつケミカルの同定を行うべく、ドラッグスクリーニングのためのアッセィ系を構築中である。今年度中に、候補化合物の同定まで進めたい。
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