研究課題
Alzheimer病の疾患修飾治療(disease-modifying therapy)の実現には、認知症発症前の予防的介入が必須とされるなか、新たな治療戦略の開拓が不可欠である。本課題では初期病態を引き起こすリスク分子に注目している。本症の分子病態は、Aβペプチドの脳内蓄積によりトリガーされることから、脳内Aβ蓄積に対するリスクを軽減することは根源的な病態抑止につながると期待される。一方、従来の知見から、特定の遺伝子発現制御によって発症リスクを軽減できる可能性が考えられる。本研究では、脳Aβ蓄積のリスク遺伝子のうちFAM3CとAPPを対象として、遺伝子転写制御(促進ないし抑制)をゲノム改変を伴わずに可能にするCRISPR/dCas9を用いた介入システムの構築と臨床応用を目指した検討を進めている。令和2年度までに、FAM3CとAPPに対するCRISPR/dCas9システムの最適化を進めてきた。まず、ヒトFAM3C遺伝子の内因性転写制御機構の解析を完了し、論文発表の準備中である。この知見をもとに、CRISPR/dCas9システムの構築に向け、転写開始点上流転写調節領域をターゲットとした短鎖ガイドRNA (sgRNA)を複数設計し、神経系ないし非神経系培養細胞を用いて、発現誘導の有効性を比較検討した。また、神経細胞特異的なプロモーターを用いたアデノウィルスベクターの作成も手掛けている。これらと併行して、APP遺伝子のプロモーター解析から、転写活性領域を確認し、sgRNAの評価を進めた。新型コロナ感染症蔓延により、研究資材の入手に遅れが生じているが、進捗全体としては大きな影響はない。
1: 当初の計画以上に進展している
(Ⅰ)標的遺伝子:(a)FAM3C/ILEI:代表者らがAβ産生抑制活性を見出した分子であり、転写活性化を目指す。(b)APP:Aβの前駆体であり、アミノ酸置換やコピー数増加がAlzheimer病発症の原因になる。発現抑制を目指す。(Ⅱ)標的遺伝子の転写調節メカニズム解析: FAM3C遺伝子のプロモーター活性を示す領域の同定、転写因子候補の同定を行い、論文作成中である。APPについても、同様の解析を進め、既報と比較検討した。(Ⅲ)培養細胞を用いたCRISPR/dCas9システムの構築:(a) sgRNAの設計:上記の解析結果をもとに、FAM3CおよびAPP遺伝子について、転写開始点上流転写調節領域をターゲットとしたsgRNAを複数設計し培養細胞で試すことにより、最も効率の高いsgRNAを選択した。 (b) dCas9の検討:FAM3C遺伝子をターゲットとしたCRISPR/dCas9システムにおいて、コードされるDNAサイズが比較的小さいCas9オーソログを用いて効率を比較検討した上、さらに部分欠失を試みて最小サイズのコンストラクトを検討中である。新型コロナ感染症蔓延により、研究資材の入手に遅れが生じているが、進捗全体としては大きな影響はない。
(Ⅱ)標的遺伝子の転写調節メカニズム解析: FAM3C遺伝子のプロモーター活性を示す領域の同定、転写因子候補の同定について論文発表する。(Ⅲ) 培養細胞を用いたCRISPR/dCas9システムの構築:(a)さらに高効率のsgRNAを選択し、(b)コードされるDNAサイズが比較的小さいS. aureus Cas9を用いて効率を比較検討した上で、部分欠失を試みて最小サイズのコンストラクトを得るとともに、(c) 神経細胞特異的なCRISPR/dCas9システムとしてSynapsin Iプロモーターを用いて検討する。(Ⅳ)実験動物個体を用いた最適化と検証:脳へのdCas9-sgRNAのデリバリーは、非分裂細胞に比較的長期に亘る効果が得られることと免疫原性の回避などの安全性から、まずAAV9ベクターを試みる。DNA容量が制限されることへの対策として、dCas9の選択、デュアルAAVシステム、ベクターフリーシステムなどを検討する。これらを総合し、最適化されたCRISPR/dCas9システムとベクター系を用い、投与法(脳実質内、髄腔内、末梢など)の検討も合わせ、モデルマウスでの試験に着手する。モデルマウスとしては、ヒトAPP-YAC Tgマウス(入手済)およびヒトFAM3C発現レポーター Tgマウス(作成中)を用いる計画である。
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