研究課題
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、上位および下位運動ニューロンの選択的変性・脱落を特徴とする神経変性疾患である。近年、下位運動ニューロンの変性メカニズム研究が格段に進展しているなか、上位運動ニューロンに関する研究はほとんど進んでいない。これまで我々は、上位運動ニューロン優位に変性する家族性2型ALSに注目し、その原因遺伝子産物であるALS2分子ネットワーク機能を明らかにしてきた。さらに最近、ヒトiPS細胞から上位運動ニューロンの特徴を有する神経細胞の分化培養法の確立にも成功した。本研究は、これらの研究成果を発展させ、世界初となるヒト上位運動ニューロン変性モデルを作製し、ALS2分子ネットワーク異常を中軸にした細胞機能解析を行うことにより、ALS患者における上位運動ニューロン変性分子メカニズムの解明に挑むものである。本研究計画では、①ヒトiPS細胞の上位運動ニューロンへの分化誘導と長期培養法の確立、②マイクロ流体デバイスを用いたオルガネラ動態の時間空間的解析、③ALS2分子ネットワークを介したオルガネラ動態調節分子メカニズムの解析、の3つの研究テーマについて研究を進めている。研究3年目である令和3年度は、テーマ②および③についての成果が得られた。具体的には、新規マイクロ流体デバイスによるハイスループット軸索オルガネラ移送計測系の開発に成功するとともに、ALS2機能的複合体形成に必須なALS2天然変性領域を同定し、その天然変性領域がALS2高次複合体構造および細胞内動態と機能に必須な調節領域であることを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
本研究計画では、以下の示す3つの研究テーマについての検討を進めている。本研究計画で掲げる3つのテーマについて以下に示す様な進捗状況であり、研究はほぼ順調に進捗している。テーマ① ヒトiPS細胞の上位運動ニューロンへの分化誘導と長期培養法の確立:これまでに確立した手法を用いて、健常者、ALS2患者のiPS細胞から上位および下位運動ニューロン様神経細胞へ分化誘導および長期培養を安定的に可能にする条件の最適化を目指している。研究は順調に進捗しており、下位運動ニューロンについては再現性をもって安定した培養法が確立できている。上位運動ニューロンについては、より特異性の高い分化を可能にする数種の候補因子を特定し、分化制御への効果について検証を行っている。テーマ② マイクロ流体デバイスを用いたオルガネラ動態の時間空間的解析:マイクロデバイス上でのヒトiPS細胞由来の運動ニューロン様神経細胞の最適化した分化・培養条件(ECMコーティング法、播種、軸索誘因制御)およびデバイス設計を用いて、ALSと健常者由来の下位運動ニューロンにおける軸索伸長速度の計測を繰り返し実施している。テーマ③ ALS2分子ネットワークを介したオルガネラ動態調節分子メカニズムの解析:本研究課題では、1) ALS2分子複合体構造と細胞内でのALS2活性化の分子メカニズム解析と、2) ALS2結合分子群によるオルガネラ動態制御メカニズムの解析の2つの課題に取り組んでいる。特に、1)については、マウス脳内でのALS2複合体構造を明らかにし、さらに正常なALS2複合体形成に必須なALS2内の天然変性領域が重要であることを見出しており、観察技術開発と並行して研究は順調に進捗している。
本研究は、おおむね順調に進んでおり、研究計画の修正および変更の必要はない。従って、今後も当初の研究計画に従って3つの研究テーマに関する研究を遂行する計画である。テーマ① ヒトiPS細胞の上位運動ニューロンへの分化誘導と長期培養法の確立:健常者、ALS2患者のiPS細胞から上位および下位運動ニューロン様神経細胞へ分化誘導する。特に、上位運動ニューロン様神経細胞の長期培養を安定的に可能にする条件をさらに再現性の高い条件設定を目指し、改良を加える。テーマ② マイクロ流体デバイスを用いたオルガネラ動態の時間空間的解析:デバイス上でのヒトiPS細胞由来の運動ニューロン様神経細胞の最適化した分化・培養条件下で、疾患患者由来と健常者由来iPS細胞から分化誘導した下位運動ニューロンにおける軸索伸長能、軸索内酸性小胞およびミトコンドリア等のオルガネラ移送の定量的解析を行い、疾患特異的異常表現型を同定する。テーマ③ ALS2分子ネットワークを介したオルガネラ動態調節分子メカニズムの解析:未だ未解決であるヒト上位運動ニューロン変性分子メカニズムを解明するため、ALS2の分子構造と活性との関連を解析するとともに、ALS2の上流因子と下流因子の全容とその制御系を、主に生化学的ならびに細胞生物学的手法を用いて分子レベルで明らかにする。また、これまでに明らかにされているRab5およびRab17を介するオートファジー・エンドリソソーム系、およびリサイクリング系調節に加え、Rab30、NEK1、およびC21orf2等のALS2結合因子に注目し、ALS2とミトコンドリア、ゴルジ体、一次繊毛、中心体との関連について分子レベルで明らかにする。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 2件) 備考 (1件)
Neuroscience Research
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http://mls.med.u-tokai.ac.jp/hadano/